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闘い、それが生きる希望を切り拓く

○○○○○○○○○○○○○○○小越洋之助のページ

『沖電気争議のページ』へようこそ。

information新着情報


2019年09月02日
◆闘いの経過と到達点  中山森夫(沖電気争議団代表) 沖電気指名解雇撤回闘争の到達点/東京労働争議研究会(第28回研究会報告)――『労働法律旬報』(NO.1180、1987年11月25日)
争議の中心課題は何か 清水明(東京争議研究会代表委員)/闘いの経過と到達点 中山森夫(沖電気争議団代表)/支援共闘会議の運動とその役割 井川昌之(事務局長・新聞労連東京地連副委員長)/裁判闘争をどう進めたか 高橋融(弁護士・東京法律事務所)。
2019年06月05日
まえがき(松本謙司)――「沖電気の指名解雇撤回闘争」(1978年11月21日~1987年3月13日)。
2019年07月05日
『沖電気の職場を考える』――職場を考えるシリーズ第1集、沖電気職場政策学習会 、1978年9月(1978年11月11日 第4刷)発行。
2019年06月05日
◆PART《Ⅰ》指名解雇を許さない闘いへ――『無情 沖電気は 指名解雇を撤回せよ!闘いの記録 争議団結成に至るまで』(沖電気の不当解雇を撤回させる会、1979年2月5日 第2刷)を発刊し、闘いに立ち上がりました。
2019年07月05日
沖電気不当解雇撤回裁判資料 原告 冒頭陳述書 弁護団 冒頭陳述書 、(昭和54[1979]年)。
2019年06月05日
闘いの全国化のなかで、『なにをみつめて翔ぶのか 沖電気・指名解雇をこえて』(著者・今崎暁巳、発行者・柳沢明朗、発行所・労働旬報社、1980年3月28 日初版第1刷発行)が出版され、電機産業を中心に全国各地の市民・労働者に広がりました。 (本文へ)
2019年06月05日
もうけるための指名解雇、職場の専制支配をねらう! 『陽はまた上(のぼ)る 沖電気は指名解雇を撤回せよ』(1983年10月10日初版発行)
2019年06月10日
「ほうり出されて なるもんか――働く全ての仲間に贈る、たたかいと連帯のうたごえ」(レコード版、企画制作・東部合唱団  中島修一 作品、1979年2月12日発行)(未UP)
「ビデオ りんごの樹は育つ」(沖電気争議支援中央共闘会議・日本電波ニュース社、沖電気争議団、1985年11月製作)(未UP)
2019年07月05日
沖電気指名解雇撤回裁判、「原告最終準備書面」――ひとりの首切りも許さない‼ 、昭和61(1986)年10月21日(沖電気争議弁護団・訴訟代理人)。
2019年06月10日
◆PART《Ⅱ》 指名解雇の沖電気で職場からたたかいが
『嵐に抗して』(指名解雇裁判を傍聴して仕事差別された浅利・中山さんを守る会、発行 1981年11月21日)
『この手のぬくもりを』(発行 指名解雇された仲間と浅利・中山さんを支援する沖電気の会発行 1985年2月1日
2019年06月22日
「こぶしくん 漫画集」(八島崇好・沖電気争議団〉  発行・沖電気争議団、1984年。
2019年06月10日
◆PART《Ⅲ》 指名解雇を撤回させ 沖電気争議勝利!
『ドキュメント 赤いゼッケン 勝利報告号』(沖電気指名解雇撤回闘争 3033日 1978.11/21~1987.3/31、1987年3月31日 発行・沖電気争議支援中央共闘会議・沖電気争議団))
2019年06月10日
『たたかってよかった』(藤田庄市・森住卓写真集、編集 中村悟郎、装本 粉川道博、発行所・日本電波ニュース社、1987年8月20日)
2019年06月10日
『ドキュメント沖電気争議 企業社会の扉をひらけ』(著者 中山森夫・矢吹紀人、発行所 労働旬報社、1987年12月15日 発行)
2019年06月10日
『陽はまた昇る 沖電気指名解雇撤回闘争の記録』(編者 沖電気争議支援中央共闘会議、発行者 生活ジャーナル、1992年1月25日発行)
2019年07月08日
「はたらく」――縮刷版・準備号~第97号、(1979年~1987年)――「指名解雇された沖電気の仲間を支援する会 ニュース」発行。
2019年07月07日
「沖電気争議解決25周年記念誌」――熱きおもい いつまでも、(沖電気争議解決25周年記念誌編集委員会、中山森夫・中屋重勝・長井明・北村晴夫・柳沼俊男・金子輝人、2012年4月22日)発行。
2019年07月08日
◆PART《Ⅳ》 争議解決後――いま・これから 職場新聞・「あすなろ」を基軸にした活動の進展――「沖電気の職場を明るくする会」の活動ホームページの紹介

 ◆まえがき








  
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▽2019.07.05
  
 ◆PRE

 




 ▽2019.07.05
 





◇まえがき

 
 沖電気で働く人達とその家族、更には電機産業やその他の分野で働く人達とその家族、こうした人達がどうしたらより一層人間らしく働き、より豊かな生活ができるだろうか、どうしたら張りあいのある日々を、すごすことができるだろうか、そのために、職場の中でおきているいろいろの問題をどう考え、どのように解決したらいいだろうか、このような事を考えて、わたしたち沖電気に働いている有志で「職場政策学習会」を開いていろいろ勉強してきました。
 最近の沖電気の中の状況を見ますと、企業危機宣伝や賃上げが少い事などのために展望を失って退職する人が増える傾向がある一方、沖電気で働きたい意志は充分あるのに不承不承退職させられている人が少なくない数になっています。
 わたしたちは科学的社会主義の理論と実践を適用して、このような状況を生みだしている根っこを掘りおこし、問題解決の方向を探索し、更には将来へむけての展望まで示したいと考えています。
 大変微力ではありますが、わたしたちはこのような学習活動の成果を、とりまとめて逐次出版したいと考えております。ここに第一集として、沖電気の合理化について、および沖電気の危機宣伝に反論する、を発行するはこびとなりました。このシリーズが労働者としての展望を求めて闘っている方に少しでもお役に立てばこんなに嬉しいことはありません。また、いろいろ不充分な点、あるいは訂正すべき点もあるかと思いますので、活溌な御意見を寄せて頂きたく、お願いします。
 一九七八年九月


  
  
   


▽2019.06.05

  
 ◆PARTⅠ

 




 ▽2019.06.05
 




◇闘いの記録 争議団結成に至るまで

発行者 沖電気の不当解雇を撤回させる会
発行所 日本機関紙印刷所

沖電気の不当解雇と闘う労働者に
ブーノ・サチェルドーチ書記局員(イタリア機械金属労連、FLM・組合員110万人)

目 次

闘いのあらまし
首切り「合理化」は「大合理化」の突破口
 その不当性と危険性
闘いの経過
 まえぶれ
 新しい形の“希望退職”の強要
 無情非情の退職強要
 労働組合の闘いと会社側からの切り崩し
 指名解雇通告でる
 ストライキ権の再投票
 臨時大会で指名解雇を認める
 社会的反響広がる
「不当解雇を撤回させる会」を結成
闘いの発展のために
 イタリアから連帯のあいさつ
  沖電気の不当解雇と闘う労働者に
 不当解雇を撤回させる会からのよびかけ
  全国の仲間のみなさんへ
 労組臨時大会の発言から
  婦人の権利を守ろう 梅沢規子
  創意工夫で職場からの闘いを 米田徳治
 闘争日誌
  沖電気不当解雇撤回の歌
  こぶしの防波堤
  決意はかたく
 ○二人の犠牲者         ○病気療養中の労働者からの手紙 ○やめていった人の分までがんばります 板垣てつ子 
 ○寮出されたら来い          屋代 真      
 ○必ず職場に戻ります         大塚喜久枝              市川美佐子                    
 ○沖労組第25回臨時大会議案抜粋
 ○職場を去る日 長井 明
 ○私も闘う 伊藤善正
 ○「撤回させる会」会員名簿

  
全国の仲間に訴える

沖電気の不当解雇を撤回させる会
東京都港区三田3―2―20



  
   




 ▽2019.07.05
 




◇沖電気は不当解雇な指名解雇を撤回せよ――労働者の生活権を奪う指名解雇

発行者 沖電気の不当解雇を撤回させる会
指名解雇された沖電気の仲間を支援する会

  目 次
                                     
 1、史上最高のもうけをめざす首切りは無効 弁護士小島 成一(小島成一法律事務所)

 2、沖電気による人員整理・整理解雇の違法性 弁護士石野 降春(代々木総合法律事務所) 

 3、原告陳述書

 ◇東京地裁原告
  指名解雇は労働者の権利を根こそぎ奪いさるもの 中山 森夫
  電気技術者としての正義の闘い  屋代 真
  「共働きで余裕があるからやめろ」 五味田 靖子

 ◇東京地裁八王子支部原告
  いわれのない解雇に職場の仲間が激励 鹿角 サダ子

 ◇浦和地裁熊谷支部原告
  非道‼ 病気療養中の労働者に退職強要 南本 博

 ◇前橋地裁原告
  仕事に生きがいとほこりをもち、組合から表彰されていた私が 長井 明



  
   







▽2019.06.05

 




◇沖電気・指名解雇をこえて
著 者 今崎暁巳(ドキュメンタリー作家)
発行者 柳沢明朗
発行所 労働旬報社

 
終章 芽吹き 4 問われているものは何か(同書、256pより)
 私たちが一年三カ月の沖電気の指名解雇のたたかいに見たものは、七一人のたたかう労働者の現実だけではなかった。私たちが、そこに見たものは原子力、通信、航空という、超近代産業がおし進める技術革新と合理化の下で、労働者が人間らしく生きつづける道をきりひらく苦悩とたたかいではなかったのか。
 今度の“指名解雇は"、沖電気特有の乱暴で、しかも計算されたやり方ではあるけれど、大事なことは、沖資本の行動もまた、日本の独占大企業が、すでに各様になしてきた途であったし、現状をきりぬけ、八〇年代をきりひらこうとする、資本に共通する法則的な行動だということではないだろうか。
 やり方は、なるほど“指名解雇"はやっていないにしても、さらに巧妙に、組織的に労働者を切り捨たり、強圧的な職場・生産体制を実現している、三菱であれ、松下であれ、石川島播磨であれ、超独占大企業の行為は、まさに一企業の個性をこえた資本の法則にもとづいた“大企業の犯罪"と呼んでいい性質をもっているのだ。そして七〇年代に、賽はすでに投げられ、幾千幾万の労働者が大企業から涙をのんで消えていったのだ。
 それにしても、こうした大企業の本性に深く根ざし、国家と独占大企業が推し進める、技術革新・合理化の全体像と彼らの描く未来社会像について、労働運動は、その路線を問わず、どう対応していけばよいのだろうか。その事態についてあまりにも少ししか知らなさ過ぎたのではないか。ましてや、この間題が首を切ることで解決していくことなのだろうか。沖の場合でいえば、さらに先進産業という労使ともに予測できないような未知の問題もかかえてさえいる。
 そして有無をいわせず、首切りに協力させられた人びとのすべてが、今のままでは、七一人と同じ道を歩まないですむ保証が、どこにあるのだろうか。すでに七一人のいなくなった職場で、彼らと同じ扱いを受けて苦しむ労働者がつぎつぎに生まれているではないか。
 今こそ、みんなで力を合わせて、お互いの仕事と職場と家族とそして、未来の宰福をつかみとる時ではないだろうか。
 誰かを切り捨てたり、追い出す道ではなく、中間職制も技術者も、すべての労働者が力を合わせて、働きがいのある職場を育てる時ではないだろうか。
 激動の八〇年が始まり、地球時代と呼ばれる二一世紀が眼の前に迫っている。
 石油危機の中で、超LSIとコンピュータが、すべての生産体制を根底から変革しようとする時、われわれはなによりも、その変革の中で、人間生活がどのように変えられるのか、どこまで、省力化が行なわれ、労働者がどのような扱いをうけるのか、その点について、国家と独占資本の描く未来像と行動計画を的確にとらえねばならないのではないか。
 そして、私たちは、この新しい国家づくり、産業づくりの中で、権力と資本の新しい労働者支配、人間支配を打ち破る、新たな労働運動の道をきりひらくことを、なし遂げねばならないのではないか。
 沖電気七一名の指名解雇を撤回させ、電機労働者の権利と職場を守るたたかいは、まさに、今から始まる、この第三の生産革命の時代における、新しい労働者階級の連帯と労働運動の第一歩をきりひらく、最初のたたかいと呼んでいいのではないか。
 労働者階級の新たなる連帯が、大いなる時代をきりひらき、真の働くものの世界に、力強く前進し始めているのだ。



  
   




▽2019.06.05

 




◇沖電気は指名解雇を撤回せよ
▽目次
●発刊のことば
●誕生のうぶ声のように
●争議の発生
●解雇の不当性、
●沖電気の職場はいま
●新たに闘いは拡がる
●指名解雇の背後
●争議1774日
●争議団の仲間たち
●指名解雇を死語に
●電機の仲間の連帯
●座談会 沖支援に燃える
●ともに闘います
●争議団からのメッセーージ

 
  
   


▽2019.06.05

 




◇働く全ての仲間に贈る、たたかいと連帯のうたごえ
◆企画制作・東部合唱団  中島修一 作品

●こぶしの防波堤――沖電気不当解雇撤回のうた
●闘うわれら――全金浜田精機支部闘争歌
●日曜日――父を慕い日曜日を待ちわびる子供のうた
●沖電気の職場はいま
●朝のうたごえ――早朝門前行動のうたごえ


 
  
   
(◆未収録・工事中)




▽2019.11.02

 
      ◆沖電気争議支援中央共闘会議・日本電波ニュース社
      沖電気争議団






 
  
   




▽2019.06.22

 




◇「こぶしくん 漫画集」

八島崇好・沖電気争議団
発行・沖電気争議団、1994年

 
 「闘いは創造である」と先輩たちは、私たちに説いた。―’78年11月に、大企業では三井三池争議以来、約二〇年ぶりの指名解雇で、沖電気の職場から、放り出され、解雇撤回を求めて闘い始めてから、6年になる。多くの仲間に、沖争議を知らせ、連帯を深め、人間の絆を確めるために、ごくあたりまえのように、楽器ができる人は音楽で、書道ができる人は筆で、話しがうまい人は演説でと、七十一人は、全国の仲間に訴えて歩きました。
 この「漫画パンフ」は、沖電気争議団の一員である八島崇好さんが、争議団ニュースや他の宣伝物に発表した作品の一部を、まとめたものです。
 いま、沖電気争議は「経営危機だ、人が余っている」と言う会社の主張が、まったくのデタラメであったことが明白になり…和解交渉も始まり、正念場を迎えました。私たちはこの「漫画パンフ」が、あなたとの心の掛け橋となり、共に、一日も早く〝職場復帰だ″と喜こべるように闘い抜きたいと思います。



  
 
   


▽2019.07.05

 




◇昭和54年(ワ)第24号解雇無効確認等請求事件
原告 笹井 均 外2名
被告 沖電気工業株式会社

昭和61年10月21日
 (原告訴訟代理人[弁護団]は183頁に掲載)

浦和地方裁判所熊谷支部 御中



  
 
   







 ◆PARTⅡ
 


▽2019.06.10

 





◇指名解雇の沖電気で職場からのたたかいが

発行者 指名解雇裁判を傍聴して仕事差別された浅利・中山さんを守る会








  
 
   




▽2019.06.10

 





◇指名解雇の沖電気で職場からのたたかいが

発行者 指名解雇された仲間と浅利・中山さんを支援する沖電気の会









 
  





▽2019.06.10
  
 ◆PART Ⅲ

 




 ▽2019.06.10
 











 
   





 ▽2019.06.10
 
           ◇ドキュメント 沖電気争議



 編集 中村悟郎
 装本 粉川道博
 発行所 日本電波ニュース社



  △クリックするとPDF版で読めます。


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▽2019.09.02
 
           


 争議の中心課題は何か 清水明(東京争議研究会代表委員)
 闘いの経過と到達点  中山森夫(沖電気争議団代表)
 支援共闘会議の運動とその役割 井川昌之(事務局長・新聞労連東京地連副委員長)
 裁判闘争をどう進めたか 高橋融(弁護士・東京法律事務所)





  



 











▽2019.06.10

 




◇ドキュメント 沖電気争議

著者 中山森夫・矢吹紀人
発行者 柳澤明朗
発行所 労働旬報社
本文イラスト 八島崇好
本文写真 藤田庄市

 


「あとがき」

 「円高」「産業構造調整」、さらには「空洞化」の名のもとに、資本の身勝手な人減らし攻撃の嵐が吹き荒れています。こうした時代に、沖電気に指名解雇の撤回を求めた、このたたかいとその勝利は、画期的なものとなったと思います。七一人が「首切りは許さない」とたたかいに立ち上がり、企業のワクを越えて、ひろく全国に支援を求めて走りつづけました。
 働くものの大きな連帯の輪が、身勝手な大企業を社会的に包囲しました。沖電気に指名解雇を撤回させたとき、私たちは、蟻の大群が巨象を打ち倒したのだと感動しました。
 その蟻の大群とは、たんに争議団や支援を寄せてくれた人びとばかりではなく、沖電気の職場、電機産業の労働者、そして現代の企業社会に生きるすべての人たちの願いの結集ではないでしょうか。その意味で、沖電気争議の勝利とは、あのとき希望退職に応じて去っていった1000人以上の労働者たちとも、職場に残って生きてきた一万人をこえる社員たちとも、ともに分かちあうべき勝利だったと思えるのです。

 今日、「大きいことは、いいことだ」と全民労連が発足しました。首を切られた労働者を守れない、守ろうとしない団体が労働組合といえるのかどうか。沖電気争議団のたたかいは、この連合にたいするもっとも強烈な批判としても、ほんものの労働組合運動のあるべき姿を具体的に示したという点でも、大きな役割を果たしたと思います(運動的視点からまとめたものは、『労働法律旬報』1987年11月下旬号の東京労働争議研究会報告「沖電気争議の課題と到達点」がありますので参照して下さい。
 このたたかいとその渦中にいた人間像をルポライターの矢吹紀人氏が描いてくれました。「仕事型人間に未来はあるのか」という視点は、新鮮で鋭い切れ味をもっていると思います。指名解雇が強行された職場で働きつづけた者と、その企業を「敵」としてたたかいつづけた者とがどこで重なり合うのか。沖電気争議は一人のルポライターの目を通して描かれることで、企業社会に生きる者への問いかけ、明日への呼びかけになったと思います。

 争議は年末にかけて発生することが多いといわれます。労働者がたたかいに立ち上がり難いとき攻撃をかけてくるところに資本の非情さを見ることができます。失業して、必死に職を捜すのではなく、会社を相手に裁判ざた、などということは、世間の常識を越えた選択なのでしょう。年の暮れから正月に向かう人間の営みのなかではいっそう際立つというものです。しかし、八年余、その日常性を越えた「たたかいの生活」を終えて、沖電気の職場にもどった仲間が、異口同音に、職場の方が異常だといいます。

 あるべき社会の発見と創造に向かって蟻たちの歩みが、また始まりました。巨象を倒した確信と、そのとき実感できた人間の温もりを糧として。
 尚、本文中のかこみの「私のひとこと」は『はたらく』(指名解雇された沖電気の仲間を支援する会ニュース)から抜粋したものです。
 1987年12月                   中山 森夫




  
   




▽2019.06.10

 




◇沖電気指名解雇撤回闘争の記録

編者 沖電気争議支援中央共闘会議
発行所 生活ジャーナル
本文写真 藤田庄市・森住卓
漫画 八島崇好

 




「あとがき」

 普通の人間が当り前のことを言い続けたに過ぎない。沖電気から理不尽に首を切られた七一人は、首切りを撤回して、職場に戻してほしいと、叫び続けたのである。それが、日本中に大きな支援の輪を作りだした。沖電気争議団への共鳴は、人間の生きる権利、働く権利を乱暴に踏みにじる大企業の横暴なやり方に対する憤りであった。万全の準備と、強大な力で指名解雇を強行した沖電気が、当初には予想しなかったであろう「指名解雇の撤回、職場復帰」という労働者の勝利で争議は終った。
 この指名解雇が起きた一九七〇年代後半から、八〇年代半ばは、日本の労働組合運動にとって、大変困難な時代であった、総評が解体して、闘わない「連合」の発足へと流れて行き、全労連もこれからと言う、いわばナショナルセンター不在の時代であった。指名解雇との闘いを放棄した沖電気労組の上部団体は、電機労連であり、電機労連はこの右翼的再編で中心的な役割を果していた。
 だから、この争議の支援にかかわった多くの人たちの共通の思いは、「首切りは許さない」ということであり、「首切りを認めるような労働組合運動にしてはならない」ということであった。労働組合の現状に危機感を抱き、その再生を願う人たちが、それぞれの場で、様々な形で、この闘いを支えた。
 要求の一致にもとづいて行動を統一していく、ということは、言うは易くても大変な事である。争議団七一人の中にも様々な考え方、生き方があり、支援する側にも、時代を反映したそれぞれの事情を抱えているところが少なくなかった。だからこそ、「指名解雇反対」という一点で作られたこの統一の輪は、貴重なものであったと思う。共闘会議に結集された皆さん、全国各地で一緒に闘われた皆さんに、心からの感謝を申し上げたい。この統一の輸は、何と言っても七一人のひたむきな頑張りによって作られたものである。争議団の皆さん、家族の皆さんの奮闘と勝ち取られた勝利に対して、敬意と祝福を送りたい。
 この本をまとめるにあたって、闘いの記録にとどまらず、今闘っている仲間へのメッセージになるものを、と心がけた。念頭にあったのは、一〇四七人の首切り攻撃と闘っている国鉄の仲間や、「連合」の職場で奮闘している大企業の仲間たちであった。この事が、新たな闘いの前進に役立てば幸いである。
 なお、争議終結から三年余が経過していることもあり、この本は争議団のメンバーが主体となってまとめたものである。中央共闘会議として、きちんとした討議の機会が持てなかったことについて、関係する皆さんのご了解をお願いしたい。


                 沖電気争議支援中央共闘会議
                 事務局長  井 川 昌 之


   







   






▽2019.07.08

 




◇「はたらく」にこだわり続ける

沖電気争議解決25年 松謙投稿メモ

 

 ふつうに「はたらく」ことが出来る社会が、好きです。
 1974年、石油ショックの年「量から質への効率的経営」として沖電気の山本正明社長は役員報酬のカットなどと一緒に、品川、本庄、八王子の職場で一時帰休を実施した。64年・東京オリンピックの年に入社して初めて経験する会社による「はたらく」ことの調整だった。75年には生活が困窮しないと見做した臨時・パートなど約300人の解雇が行われた。生活無視で 一方的に「はたらく」ことを奪う企業とそれを容認する沖電気労働組合の見解は「組合員でないから」だった。支援するビラをガリ版刷りで作成して芝浦工場の門前で被解雇者と一緒に配布した。復職はできなかったが少額の退職金は得た。「はたらくこと、団結すること」なしでは真の労働者になれないことを学び、私の信条の原点になった。

 それから、3年を経た78年11月20日、1500人(後に1350人に修正)の希望退職募集に応じなかった93人と一緒に指名解雇された。33歳だった。本店営業で働いていた中山森夫(37歳)を代表に71人で沖電気争議団(平均年齢30歳)を結成して解雇撤回の闘いを開始。自らの「はたらく」とそれによる「生活」を奪還するためだった。大きく楽しい支援組織を創ることなしには勝てないと「支援する会」運動に詳しい都労連の小島宏氏の指導で「指名解雇された沖電気の仲間を支援する会」が組織され、事務局次長に就いた。
 「宣伝の質と量が勝敗を決める」と日本機関紙協会の熱烈な援助で機関紙「はたらく」の編集を担当。「はたらく」ことの意味に拘った紙名だった。この支援する会はペンを持つ人はルポルタージュなどで、カメラを持つ人は写真で、詩、歌‥‥特技を生かした多彩な支援は争議団を励まし、闘いを全国に広め勝利に貢献した。
 1987年3月13日、闘争3033日「捨て子の沖争議」(労働運動から見放された)などと言われた争議は勝利解決。配ったビラ850種以上、1日平均4,780枚の圧倒的な宣伝力も35人の職場復帰と解決金12億9千方円の要因だ。勝利報告のパンフ「赤いゼッケン」を担当できたことは記憶に残る喜びだ。35人の復職者の一人に選ばれ本庄工場で就労開始。41歳。復職者は隔離・差別と仕事獲得などの闘いから再出発した。
 「安心して人間らしく働ける職場」を願って86年に創られた「沖電気の職場を明るくする会」の活動に参加して、今年で26年になる。会紙「あすなろ」は4月で285号、沖電気に働く人々への「会」からラブレターとして定着。08年に沖電気の半導体部門がローム社へ売却、現在、ラピスセミコンダクタとなった「ラピスセミ・明るくする会」会紙は30号を超えた。充実を目指すホームページも含めて、争議で学んだ宣伝力の大切さを引き継いだ活動は頼もしい。①知って、②知らせて、③組織する。いよいよ③の段階だ。
 争議解決25年記念誌(本誌)には復職Lた人、外で活躍した人の想いが凝縮していますが、復職者の活動にも誇れるものがあります。「はたらく」を失望させ、自死に追い込むような長時間労働とただ働き、定年後の雇用延長問題、成果主義賃金と賃金抑制、92年から繰り返される首切り「合理化」‥‥などたくさんの闘いがそれだ。
 近年では使用者の雇用責任が回避できて、人件費を賃金として扱わないことが出来る「労働者派遣法」が職場で猛威を振るい、正規から非正規への置き換えが深化して労働者の「はたらく」(雇用)と生活と社会の土台を破壊している。派遣法は派遣先に対する罰則規定がほとんどなく、違法行為であっても雇用費任をとらなくても良いことになる悪法だ。先達が裁判等で苦労して手にした整理解雇4要件を反故にし、半ば「解雇の自由」を得た資本との闘いは、「はたらく」が本質の労働者の闘いの柱で、避けられない。
 私は名刺に「だれもが、安心して人間らしく働き生活できる社会を願って」の文言を載せている。この信条を心に貼り付け、自分を育てながら沖電気に拘って生きていきたい。
 2012年4月27日 やっと67歳、
        電機・情報ユニオン 松謙

 △出所:以下の「沖電気争議解決25周年記念誌」より。








  







▽2019.07.07

 




◇沖電気争議解決25周年記念誌編集委員会

中山森夫・中屋重勝・長井明・北村晴夫・柳沼俊男・金子輝人

 







目次

☆挨拶
 元沖電気争議支援中央共闘会議事務局長 井川昌之 1 
 元沖電気争議弁護団          高橋 融 2
 沖電気の職場を明るくする会代表    真喜志晃 3
 元沖電気争議団代表          中山森夫 4
☆争議解決25 周年を迎えて
 沖電気の仲間からのメッセージ          5
☆25 周年記念の集いに寄せられた
 ご支援頂いた皆さんからのメッセージ       25
☆亡くなった争議団の仲間たち4人          34
☆OBニュースから転載「墓碑銘に代えて」
  倉持米一 元沖電気争議支援中央共闘会議議長  35
  小島宏  元沖電気の仲間を支援する会事務局長 36
☆指名解雇から勝利解決までの闘争日誌       37
☆沖電気の職場を明るくする会の闘いの簡略史    38
☆沖電気争議の歌
「赤いゼッケン」「こぶしの防波堤」「決意は固く」 41

◇要求実現を職場の仲間とともに

沖電気の職場を明るくする会代表 真喜志晃



 沖争議の解決の前年1986年に「沖電気の職場を明るくする会」は、発足をしました。「憲法で保障された、生活と権利、自由と民主主義を守り、明るく働きやすい職場を創りたい」という目的で争議をたたかったなかまの経験と職場の中で争議を支え共にたたかったなかまの経験は、争議解決後の沖電気の職場の中で、大きな役割を果たし、多くの前進と教訓を創りあげてきました。
 復職後のいじめ・嫌がらせ人権裁判での勝利和解、会社に総額1億円のサービス残業代を従業員500人へ支払わせた運動、会社の排除を跳ね除け、先進をきって勝ち取った60歳以上の再雇用延長などを実現させてきました。
 繰り返し行われる沖電気のリストラ合理化の攻撃のなか、労働者を励まし、私たちも励まされ、共に生活と権利を守る運動をしてきました。労働者の声に耳を傾けて要求を実現する運動を進めるなかで、賛助会員も含めて会員は発足当時より増加をしています。
 工場の門前で、受け取りの少なかった機関紙「あすなろ」は、会員の地道な努力の積みかさねで、多くの労働者が受け取るようになり、職場内でも配布ができるほど市民権を得ています。
 この10年間で、沖グープは約9000人(35%減)の人員削減をしました。 長時間労働とずさんな健康管理の中で起きた労働者の過労自殺は昨年、労災認定が認められ遺族の「息子の無念を晴らしたい」と労災認定闘争に立ち上がった遺族と共にたたかい、昨年労災が認定されました。OKIユニオンが取り上げなかった問題でも声を上げ、たたかいとってきました。
 正社員を減らし派遣社員への置き換えがすすめられています。忙しいときに採用し短期契約を繰り返した挙句に、簡単に雇い止めにする。派遣社員だけの問題ではありません。沖データに8年5ヶ月派遣として働き雇い止めにされた労働者の直接雇用を求める運動は、団体交渉(電機・情報ユニオン)の実現、「労働局が派遣法違反を是正指導」とハードルを乗り越えてきました。派遣労働者の問題でも取り組みを強めて行きたいと思います。
 労働者との輸を確かなものにしながら、生活と権利を守り広げる運動に今後も取り組んでいきたいと思います。







   









  ▽2019.07.08
  ◆PARTⅣ 争議解決後――いま・これから





   △クリックすると「HP」で読めます。





 リックすると活動の様子を詳しく見る事ができます。

OAKセミコンダクト多摩臨時社員解雇裁判    2008年12月
シニアキャスティング制度について       2006年4月
 株主総会への取組み             2015年6月
 派遣労働者の闘い               2012年2月
 障がい者の雇用を守る闘い          2015年7月~

「沖電気争議の記録」 のページ

 ◆PRE
 沖電気の合理化と「企業危機宣伝」に反論する

 



 ◆PART《Ⅰ》

 指名解雇を許さない
 闘いへ

 
 
  

 

 


 





◆PART《Ⅱ》
 指名解雇の沖電気 で職場からたたかいが

 

 

 



◆PART《Ⅲ》
 指名解雇を撤回させ 沖電気争議勝利!


 

 

 

 
 
  

 

 



現代労働組合研究会のHP
  
  労働組合・ユニオンの動向
  それぞれの労働運動史・論 1
  それぞれの労働運動史・論 3
  それぞれの労働運動史・論 4
  労働組合・労働問題の本
  ユニオンショップを超える
  連合を担う人たち
  全労連を担う人たち
  
全労協をになうひとたち
  インフォーマル組織の過去・未来




沖電気の職場を明るくする会

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企 画:松本謙司・相原幸雄 
編集人:飯島信吾
ブログ:ある編集者のブログ
企画インターネット事業団
制作: インターネット事業団(本メールにご連絡ください)

UP 2019年06月05日 
更新 2019年06月10日
更新 2019年06月22日
更新 2019年06月24日
更新 2019年07月05日
更新 2019年07月07日
更新 2019年07月08日
更新 2019年07月24日
更新 2019年09月02日