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「本当の労働組合」づくりを。

○○○○○○○○○○○○○○○小越洋之助のページ


「現代労働組合研究会」のページへようこそ。




information新着情報


2021年03月20日 (固定)
最新刊:『労働組合とは何か』(木下武男著、岩波新書で発刊)、2021年3月19日、刊行。▽「はじめに」へ。 ▽目次へ。
2021年04月01日
【第二部】(つづき)
課題が見えている「読者の声」:◎『労働組合とは何か』を読み解く。

◆新しい労働運動は新しい活動者集団に――千葉合同労組:ちば合同労組ニュース(第129号 2021年4月1日発行より)
2021年04月21日
◆「集合取引」や「共通規制」を実現する産業別労働組合――企業外在的なやり方で労働条件を決定する、未来への協働(2021年4月21日)
2021年04月24日
◆広範な非正規労働者たちに必要かつ必読の手引き書――読書室 『労働組合とは何か』(ワーカーズの直のブログ、2021年04月24日)
2021年05月05日
◆「非年功型労働者」はユニオニズム創造の主役――産業別の本当の労働組合を展望する、完全護憲の会(福田玲三、2021年5月5日)
2021年05月06日
◆「ワンビックユニオン」をめざして――愛知連帯ユニオン・S:レイバーネット(2021年05月06日)
2021年05月07日
◆日本の労働組合の将来あるべき姿とは――プレカリアートユニオンブログ (稲葉一良書記長、2021/05/07/171824)
2021年05月27日
◆関西生コン労組が欧米型の産業別労働組合を実現――wsfpq577’s blog(日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員、2021-05-27)
2021年07月30日
◆コミュニティ・ユニオンなどの業種別、職種別の部会を――「下町ユニオンニュース」(下町ユニオン、石頭、2021年7月号)
2021年06月09日
◆『労働組合とは何か』示唆に富む議論――レイバーネット:ブッククラブ読書会報告(レイバーネット、2021年6月6日)
2021年09月01日
◆有力な産業別組合が作れないのはなぜか――本当の共同性の理解の促進!、京都デモ情報《ブログ版》(2021年09月01日)
2021年09月27日
◆世界標準の「本来のユニオニズム」へ――ココナツ・チャーリイのブログ、CharlieInTheFog(2021年9月27日)
2022年07月01日
◆すごい本だった。労働組合を通して社会を、我々の生活を良くする
イメージが見えた、複数の読者が感想を発信――読書メーター(2022年7月1日の発信も)
2022年07月20日
【第二部】
◎Book review
インターネット上で紹介された書評などから読む

藤田孝典/佐々木隆治/岩波新書編集部/青木耕太郎/水口洋介/石川 源嗣/今野晴貴/愛知連帯ユニオン/西日本新聞働政策研究・研修機構
2022年07月20日
【第三部】
◎共鳴・共感の論文
若手研究者(アクティビスト)の研究

ウエッブ夫妻型労働組合論の歴史的位置 栗原耕平
――書評:木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書、2021年3月19日いのちとくらし研究所報、No.77、2022年1月号)
「非営利・協同総研いのちとくらし」
青木耕太郎
「ブラック企業に対抗する労使関係の構築」(社会政策学会誌『社会政策』第9巻第3号、2018年03月30日、ミネルヴァ書房)
2022年07月20日
【第四部】
いくつかの批判的論点

北健一/濱口桂一郎:hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)/兵頭淳史(専修大学):WEB版――労働者教育協会 教育理論研究会
2022年07月27日
【第五部】⇒新ページへ
これまでの労働組合論を読む(以下、工事中)

改訂新版『労働組合入門 日本の明日を左右するもの』 (塩田庄兵衛著、カッパBOOKS、1961年3月初版 1966年第42刷 1967年4月改訂)
『労働組合とはなにか』 (大森誠人著、三一新書、1965年2月23日)
2022年07月31日
『労働組合組織論』(篠籐光行著、労働大学新書、1966年7月10日)/国労読本④組織編『国鉄労働者の組織と運動――その歴史と課題』(篠籐光行監修 国鉄労働組合編、労働旬報社、1978年5月20日)
2022年08月02日
『労働組合入門』(坂本秀行著、労働大学新書、1973年11月10日)



(まだ続く)




  
◆以下、ご自分のPCを「125%」に拡大して、読むことをお勧めします。
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   ▽2022.07.20
   


     黄変した箇所をクリックしていただくと、twitter・facebook・HPに行きます。




▽2021.03.20

 




斎藤幸平さん推薦!
「労働組合は死んだ。だが、その再生こそ民主主義再建には必要だ、
必読の一冊。」  

木下 武男 著
 定価 本体900円+税


日本では「古臭い」「役に立たない」といわれる労働組合。しかし世界を見渡せば、労働組合が現在進行形で世界を変えようとしている。この違いの原因は、日本に「本当の労働組合」が存在しないことによる。社会を創る力を備えた労働組合とはどのようなものなのか。第一人者がその歴史と機能を解説する。

役に立たないといわれる労働組合。しかし、それは「本当」の姿なのか。第一人者が描く秘めた可能性。【本の内容】










◆「はじめに」の全ページは、下をクリックしてください。
   

▽目次
はじめに
第一章 歴史編1  ルーツを探る——「本当の労働組合」の源流は中世ギルドにある
1 労働組合の遠祖・ギルドの原理
2 中世市民社会と日本でのその不在
3 職人組合から労働組合へ
第二章 歴史編2 「団結せよ、そして勤勉であれ」——職業別労働組合の時代
1 近代市民社会の形成と論理
2 初期労働組合の形成




目次の全ページは、下をクリックしてください。
   






【第二部】(つづき)
▽2022.07.30




◎『労働組合とは何か』を読み解く




 ▽以下、twitter、facebookのURLを参照(敬称略)


◇千葉合同労組:ちば合同労組ニュース(2021年04月号)


本の紹介 木下武男著『労働組合とは何か』(岩波新書)
 「あとがき」にあるように、本書は、労働運動史の専門家ではない木下先生が、アカデミズムの研究と運動現場をつなぎ、活動家が運動の展望を議論するためのツールとして、労働組合の形態転換論の観点から労働運動史を切り取り、まとめたものです。木下先生の意図する通り、労組の活動家が最低知っておくべき歴史と知識が280ページに読みやすくまとめられています。また、第8章の2では、「日本における産業別労働組の登場」として関西生コン支部の運動とそれへ弾圧について25ページを割いて端的に記されています。

1,本書の内容

 本書の内容を少し紹介します。
 ヨーロッパでの労働組合は中世市民社会の「対内的平等」と「対外的独占」を原理としたギルドをルーツにしており、それが職業別労働組合(クラフトユニオン)に進化して労働者階級の階級意識の形成が始まった。産業革命によって大量の不熟練工が生み出される中、産業別労組(あるいは産業を単位とする労組の集合体である一般労組・ゼネラルユニオンをめざす運動)が職業別労組に取って替わっていく。

 米国では、最初に熟練工と自営農民となった北西欧の移民が流入した後、南東欧のから流入した第2次移民が大量の不熟練工を形成した。それは職業別労組・アメリカ労働総同盟(AFL)から産業別労働組合(CIO)、さらには「ワンビックユニオン」をめざしたIWWの結成に向かった。これに対して、企業側はアンチ・ユニオニズムの強硬な攻撃に訴えつつ、他方でカンパニー・ユニオン(従業員組織)を作り、運動を会社の中に封じ込めていった。その後、米国ではニューディール政策の中で1935年ワーグナー法が成立、産業別労組が再生していくが、ヨーロッパのような産業別労働協約体制は築けなかった。

 日本の場合、熟練工の萌芽は渡り職人にあったが、高揚する労働組合運動を個別企業内に抑え込む土台となったのが欧米にはなかった企業内技能養成制度とそれに基づく年功賃金であった。ここに日本労働運動の宿痾ともいえる「年功賃金と企業内労組」の原型が形成されていった。1946年に163万人で結成された産別会議は共産党の政治主義もあって瓦解、1950年には企業内組合をまとめあげた総評に席を譲る。しかし、戦後労働運動の一時代を築いた総評は、労働者間競争を規制する産業別団体交渉の方法と制度的方法が欠落しており、1960年までに民間大企業が第二組合の結成で、その後の官公労の運動も1975年スト権ストの敗北を最後に停滞へと向かった。

 1992年のバブル崩壊以降、貧困と雇用不安が日本を襲い、膨大な非(弱)年功賃金労働者と非正規労働者が生まれている。熟練工から非熟練労働者への転換が職業別労組から産業別労組の転換の土台になったように、日本は、今、企業内労組ではないユニオニズムの創造、労働市場への規制力を持つ本当の労働組合の形成をめざすべき時だ。変化は必然だが自動的ではない。組織主体の意識性が不可欠だ。

2,若干の感想

 本書が呼びかけるように、自覚的意思で結ばれた活動家集団によって、「ワンビックユニオン」をめざして、膨大な非年功賃金労働者と非正規労働者を産業別労組に組織し労働組合を再興していきたい。

 歴史的なストライキはどれも単なる労働の放棄・同盟罷業ではなかった。ピケッティングのないストライキはない。労働組合の団体行動権を守り抜こう。

 ヨーロッパに産業別労組が確立する過程は、歴史的には欧米列強による帝国主義の世界支配が成立していく過程であった。米国では第1次世界大戦に反対したIWWに弾圧が襲いかかり、ニューディール政策では大恐慌から脱出できずに第2次世界大戦へと向かった。日本の産別会議は朝鮮戦争に先立つレッド・パージで壊滅させられた。現在、膨大な非正規労働者が生み出さていれる世界は、同時に世界支配のパワーシフトの進行する時代でもある。帝国主義の世界支配と労働運動の関係は、もうひとつの重大なテーマだと思う。







◇未来への協働:ブログ(2021年04月21日 )


【本】新しいユニオニズムの展望 『労働組合とは何か』(木下武男著・岩波新書 2021年刊)
Date: 2021年4月21日
Author: 未来への協働
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 欧米と日本の労働組合運動の歴史が、産業別労働組合(「本当の労働組合」)と企業内労働組合、労働者間の競争の規制を軸に、わかりやすく展開されている。今の関生大弾圧との闘いに鋭い視座を与えてくれる。

 著者の木下さんは、は昭和女子大名誉教授、現代社会論、労働組合・運動にくわしい。興味深く読んだ。

 木下さんは「労働組合の目的から労働組合とは何かと考えてもダメ、労働組合の出現と発展の歴史から考えるべきだ」という。資本・経営者の悪辣な攻撃が労働者の悲惨な状態を生んでいると短絡的に考えるのではなく、敵はむしろ労働者間の競争という労働者内部にこそ根源があると、考え方のひっくり返しを提起している。<競争の規制>にこそ、ユニオニズムの根源の機能があるという。そのための方法として<集合取引(集団交渉)>が必然的となる。

▽企業別と産業別

 アメリカのAFL(職業別組合)とCIO(産業別組合)という「労働組合の南北戦争」の歴史では、激しい闘いを経てこそ自動車産業と鉄鋼産業に産業別労働組合が台頭してくるのであり、単純に産業別組合ができたわけではないことがわかる。ここでは企業横断的産別交渉によって、労働条件を企業外在的なやり方で労働条件を決定することによって、企業同士の競争条件の埒外に置くことになり、それが労働者間競争の規制戦略として究極の到達点となると、産業別労働運動の神髄を鮮やかに示している。

 欧米ではギルド制からの歴史蓄積、職業別組合による徒弟制度によって、技能養成制度が企業によってではなく社会の公的制度につながっていくが、日本では社会的制度ではなく企業が取り込んでしまった。それが大きく企業内組合に収斂されていく。そんな中でも、産別労働組合への努力が必死で模索されていたことを明らかにする。しかし、政党による囲い込み、悪しき引き回し等も原因しながら衰退してしまい、今日のような企業内組合主義にはまった経緯もある。企業内組合では「集合取引」が、年功賃金では「共通規制」ができず、競争と分断の大きな壁にはね返されてしまう。

▽労働運動を考える機会

 関西生コン支部の労働運動が、「集合取引」や「共通規制」を実現する産業別労働組合に挑戦していること、「一般労組」の取り組みを引き継ぐユニオンの試みなどが、職業別・職種別組合への契機を持っていること。木下さんは、これらに新しいユニオニズムの展望があることをきっぱり述べる。組合大弾圧については数行だが、その攻撃の矛先に何があるのか、よくわかる。日本音楽家ユニオン(淡谷のり子さん、雪村いづみさんらも組合員だった)や、プロ野球労組のストライキの話もおもしろい。

 日本では、ともすれば企業内労働組合でダメ、欧米のような企業横断的な産業別組合でなければと教条主義的に考え、そこから脱出できない無力感におちいることがある。この本を読んでいると、日本の歴史のなかにも産業別労働組合への真剣な努力があり、現在もされている事実や、どういう歴史的条件の中で企業内組合の現在に至ったか、その構造的な問題がわかってくる。そのひっくり返しの中に、ユニオニズムへの展望が大きくつかめそうな気がする。いい本に巡りあえた。労働運動についてともに考える機会にしたい。(多田)







◇ワーカーズの直:ブログ(2021年04月24日 )


○現代の日本では、労働組合というと「古臭い」「役に立たない」との意見が多数派であろう。しかし世界を見れば、労働組合は今でもバリバリの現役であり、立派に機能している。この彼我の大きな違いは一体どこにあるのだろうか。

 その疑問に対して著者は「日本には本当の労働組合が存在しないことによる」と答える。では社会を創り、社会を変える力を持つ労働組合とはどのようなものか。

 本書は『日本人の賃金』等の優れた著作を持つ木下氏のこれまでの研究の総決算とも評すべき、実に熱い充実した入魂の一冊である○○


広範な非正規労働者たちに必要かつ必読の手引き書

 1944年生まれの木下氏は、84年から大学で「労働組合論」を講義してきた。その授業の半分が本書の歴史部分となっている。木下氏はアカデミズムの専門研究と運動現場とをつなぐ「通訳者」を自任する。それゆえ、本書は単なる専門書でも啓蒙書でもない。

 本書で労働組合の歴史と理論を学ぶ目的は、労働組合の未来を議論する道具を身につけるためだ。未来のビジョンは与えられるものではない。運動の担い手が議論を尽くし、編み上げるものだ。共通の土俵がなければ議論は実らない。本書がその土俵なのである。

 確かに日本に「本当の労働組合」の花を咲かせることは想像を絶するほどの難事業である。それでも歴史に学び理論に導かれ、日本の現状に適応すれば、やがて成し遂げることができる。

 本書は、日本に「本当の労働組合」の種を蒔き、育て、花を咲かせる、その歴史的な挑戦のための、広範な非正規労働者たちに必要かつ必読の手引き書なのである。

 それでは本書の構成を章立てで紹介することで、本書の展開の流れを確認したい。

 はじめに
第一章 歴史編1 ルーツを探る―「本当の労働組合」の源流は中世ギルドにある
 第二章 歴史編2「団結せよ、そして勤勉であれ」―職業別労働組合の時代
 第三章 分析編1 労働組合の機能と方法
 第四章 歴史編3 よるべなき労働者たち―一般労働組合の時代
 第五章 歴史編4 アメリカの経験―産業別労働組合への道
 第六章 分析編2 いかにして社会を変えるのか―ユニオニズムの機能
 第七章 歴史編5 日本の企業別労働組合―日本的労使関係の形成・衰退
 第八章 分析編3 日本でユニオニズムを創れるのか

 このように本書は三本の柱で構成されている。第一は労働組合の理論を歴史の中からつかみ取ること、第二はユニオニズムの理論をつかみ取ること、第三は労働組合の未来を構想すること。これらが三本の柱であるが、木下氏の最大の関心は労働組合の未来にある。

 事実、本書の約半分が第六章以下の記述で占められる。

 木村氏には社会のルールの中軸にある働き方は、まさに労働組合と経営者が交渉し、話し合いで決めるものであり、政治で決まることではないとの信念がある。彼によれば労働者の働き方を変えられるのは、政治家でも官僚でも、裁判所でも警察でもない。まさに労働組合であり、労使交渉であり、政治で決まる国の制度とはその後のことだとする。
 
一面的過ぎるかなとも思うのだが。

 その労働組合の本質がよく見える「創世記」に立ち会った同時代人にエンゲルスとマルクスがいた。エンゲルスは「イギリスにおける労働者階級の状態」(1845年)で労働組合の新しい点は、第一に組合が雇い主と交渉すること、第二に組合が職業別に団結して同一賃金を要求すること、第三に組合がストライキをすること、の三点にまとめた。

 つまり労働組合は、労使交渉し、武器はストライキ、皆で勝ち取るものは同一賃金だ。このことをマルクスは端的に「労働組合は、この(賃労働者間の)競争をなくすか少なくとも制限して、せめて単なる奴隷よりましな状態に労働者を引き上げるような契約条件を闘い取ろうという労働者の自然発生的な試みから生まれた」と指摘した。

労働組合と政党の関係

 労働運動の歴史は、労働組合が誕生し、成長するとともに、それを基盤とした政党が出現する流れとなる。

 マルクスは、当時ドイツ労働界を仕切って来たラッサール派のシュヴァイツァーが自分たちだけ全ドイツ労働者大会を強行開催したことに怒り、同派のハマンに対し「労働組合は、もしその自分の任務を果たそうというのであれば、政党と関係したり、そうした政党に決して従属したりしてはならない。こうしたことが起こると、労働組合に致命的な打撃を与えることになる」と忠告したのである。

 私としては、木下氏にマルクスの労働組合論のもっと全面的な展開を期待したかった。

 アメリカの労働組合もこの経験に学び、当然ながら職業別に組織・拡大していった。

 これらの点に日本的労使関係の中での企業別労働組合との決定的な違いがある。日本で主流の年功賃金とは、労働者の属人性を基準にしたものであり、労働者を団結させるのではなく逆に彼ら自身を個々に分断していく役割を果たしている。日本の労働組合が「本当の労働組合」ではないとの評価は、その実態からも実に正確で客観的な判断なのである。

 日本の企業別労働組合の歴史、つまり日本的労使関係の形成・衰退は、第7章において約50ページを使って詳説している。それが第8章を展開する上での前提となるからだ。
 ここでは残念ながらその紹介を省略し木下氏が情熱を傾けている第8章に集中したい。

日本の労働社会の激変と企業別組合の衰退

 1992年、バブル経済の崩壊とともに日本の労働社会は激変した。この悲惨な現象は貧困と過酷な労働、雇用不安の三つで表現される。まさにブラック企業の台頭である。

 この現実が出来した原因は何なのか。それは第7章で触れた日本的労使関係の崩壊だ。

 日本の雇用保障は、国家でも労働組合でもなく、ひたすら企業によって支えられて来た。これが戦後に根付いた日本的雇用慣行だが、企業業績が悪化した2000年代になると一方的にこれが切り捨てられた。

 一方で大リストラ、他方で非正規雇用の常態化である。この変化に企業別労働組合は為す術がなかった。日本には、労働条件の維持・改善等を第一義にめざすユニオニズム=「本当の労働組合」がないことが誰の目にも明らかになった。

日本的雇用慣行の賃金と雇用の関係は、その企業に居続けることにより享受できた特典である。それ故企業別組合が「ノーと言えない労働組合」となるのは時間の問題だった。

 ではこの過酷で悲惨な現実に労働者はいかに立ち向かっているのか。現状を守り、「滑り台社会」から落ちこぼれないよう恐怖に耐えるか、自宅に「引きこもり」を続けるしかないのか。日本の労働社会は現代日本の実に荒涼たる精神世界を形作っているのである。

今こそ「本当の労働組合」を創造していこう

 このような現実だからこそ、ユニオニズム=「本当の労働組合」は理想論でも遠い先の目標でもなく、まさに日本の労働者が直面している現実を克服する唯一の道なのである。

 過去の日本の企業別労働組合は、大企業や官公庁等、比較的恵まれた賃労働者層のものだ。だがそれと真逆の「下層」賃労働者たちが関生の産業別労働組合を創り出していた。

 彼らが困難だとされた産業別労働組合を実際に切り開き、今も力強く前進している姿に私たちは大いに学ぶ必要がある。木下氏は本書の約30ページを使い事実を詳説している。

 この関生の労働運動については、次号以降の読書室において関生支部執行委員長の武健一氏著の『武健一が語る 大資本はなぜ私たちを恐れるのか』を取り上げるので、紙面の関係からここでは詳説することを省略したいと考える。お許し願いたい。

 木下氏は、今日本に広がっている「一九世紀型の野蛮な労働市場」の中でこそ、ユニオニズム=「本当の労働組合」を創造する手掛かりが明らかになっていると強調する。

 労働組合の歴史から確認できることは「労働者類型」と「組合機能」と「主体の意識性」の三要素が相互関連することを教えている。「労働者類型」とは形成された労働市場で創られる。そしてこの類型が自分に適した「組合機能」を持つ「労働組合組織」を必要とする。

 ここに矛盾が生じる。「労働者類型」が多様であればそれだけ矛盾は大きくなる。大量生産で雇用が拡大したアメリカでは、不熟練労働者類型が多数派となり、熟練労働者の組合を圧倒して発展していった。それとともに「労働組合組織」は変化していった。この変化は必然ではあったが、自動ではない。「主体の意識性」が大きく作用するのである。

「本当の労働組合」を創造する具体的方針

 このことを踏まえれば、これまでの「従業員」・「年功正社員」型の「労働者類型」から「企業別組合」が成り立っていたことが理解できるし、今後は「非年功型労働者」の「労働者類型」、あえて「下層労働者」と呼ぶなら、彼らこそ労働条件の維持・改善等を第一義にめざすユニオニズム=「本当の労働組合」の主役となりうる資格を持つのである。

 ではユニオニズム=「本当の労働組合」を創る方途とはどんなものだろうか。

 木下氏は以下ような五つの具体的な方針を私たちに提起するのである。

 ①現在ある企業別組合の「内部改革」ではなく、「新しい労働組合」の構築を考える。
 ②業種別職種別組合による「共通規則」・「集合取引」を実践する。
 ③業界の産業構造を改革する政策運動・政策制度闘争を展開する。
 ④一般労働組合の戦略による労働運動を再生する。
 ⑤ユニオニズム=「本当の労働組合」創造の担い手の大結集を追求する。

 以上の表現は、木下氏の提起を私なりにより分かり易く平易に書き直したものである。

 本書のはじめにあったように、日本で「本当の労働組合」の種を蒔き、育て、花を咲かせる、その歴史的な挑戦のための、賃労働者たちに必要かつ必読の手引き書として大いに活用したいものである。








◇完全護憲の会:ブログ(2021年05月05日)

完全護憲の会
完全護憲の会は憲法の全条文を肯定し、日本国憲法が求める国の形を考える会です
https://kanzengoken.com/?p=6544
<本の紹介>『労働組合とは何か』木下武男著(岩波新書・新刊、900円+税)
 福田玲三  

 新聞広告に『人新生の「資本論」』著者斎藤幸平氏の推薦「労働組合は死んだ。だが、その再生こそ民主主義再建には必要だ。必読の一冊」とあった。それに惹かれて読んでみて、内容は期待を超えた。
 本書は3部に分かれている。第1は労働組合の歴史、第2は労働組合の目的、機能、方法であり、第3は労働組合の未来だ。
 第1には、歴史編1「ルーツを探る」2「職業別労働組合の時代」3「よるべなき労働者たち」4「アメリカの経験」5「日本の企業別組合」がある。
 第2には、分析編1「労働組合の機能と方法」2「ユニオニズムの機能」がある。
 第3には、分析編3「日本でユニオニズムは創れるのか」がある。
 労働組合の目的は労働条件の向上であり、労働者の競争を規制する機能でこれを実現し、その機能を3つの方法を使って果たす。これが「本当の労働組合」である。
 一時期、総評による華々しい労働運動の高揚は次の3つの運動でもたらされた。 
 第1は春闘の展開、第2は官公労の運動、第3は国民的政治課題の運動である。(187p.)
 しかし1956年に定着した春闘の陰で労使関係の地殻変動が進行した。大企業労働者の企業主義的統合と、それを基盤とした労働組合の労使協調への転成だ。1975年は戦後労働組合運動の最大の転換点となる。
 この年、労働運動側は2つの歴史的敗北をなめた。1つは春闘の敗北。政府と日経連の提起した「賃上げ自粛」に民間大企業労組がつぎつぎに賛同した。今1つは公労協のスト権ストの敗北である。
 1973年と79年の2度のオイルショックを経て、労働戦線の統一を旗印に、労使協調的な組合がついに一国のナショナル・センターの主導権を獲得するにいたった。すなわち1989年に総評が解散し、企業別労働組合主義の連合が結成された。
 日本における労働運動の解体はくい止めなければならない。そのためには戦後労働運動の負の歴史、企業別組合主義と完全に決別することだ。労働運動の衰退の淵に立って、そして過去の歴史と断絶した地点から、あらたなユニオニズム(産業別の本当の労働組合)を展望することだ。(205p.)
 1992年、バブルの崩壊とともに、かつてない悲惨な3つの現象(貧困・過重労働・雇用不安)が生まれた。
 日本的労使関係は、年功賃金・終身雇用・企業別組合を3本柱にしている。このうち年功賃金と終身雇用の慣行を経営側が廃棄した。
すなわち、2000年代に入ると経営者側は、終身雇用制を捨て、希望退職の名目で従業員の大リストラをはかった。他方で期限を区切った非正社員を大々的に雇用した。労働市場には職を求める者たちであふれている。
 日本的雇用慣行の賃金と雇用の保障は、企業に居ることによって受けることができる。そのため退路を断たれた従業員たちに、経営側は長時間労働を課す絶大な指揮命令権と、単身赴任や人員削減などの専断的人事権を持つことができる。(221p.)
 「逃げられない世界」は、過酷な加害システムとして働く者を傷つけ、過労死・過労自死や「引きこもり」を生む。
 ユニオニズムの創造は、転職可能な労働市場をつくることで、この加害システムを打ちこわすだろう。
 ユニオズムの創造によって、家族形成可能な賃金や企業による人格的な支配のない労働、転職可能な横断的な労働市場での雇用保障、これらを日本社会で実現できる。(223p.)
 日本の労働組合は大企業労働者や公務員など比較的恵まれた労働者のところにある。それとは逆の下層労働者が、しかも産業別労働組合を立ち上げる貴重な挑戦が日本にある。関西における生コンクリートを運ぶ労働者たちだ。彼らが産業別労働組合を切り開いた道筋は、日本のユニオニズム創造が不可能ではないことを教えている。
 生コン労働者は1965年に関西地区生コン支部を結成し、この労働組合が産業別労働組合に成長してゆく。 
 1980年に東京生コン支部が結成され、全国的には77年に運輸一般の全国セメント生コン部会が確立し、全国指導部をもつ業種別部会へと発展した。
 この関生型運動の広がりは経営側を震撼させた。弾圧は82年から始まった。関西での不当逮捕につづいて東京でも「恐喝罪」として東京生コン支部の3名を逮捕した。
 2005年、またしても弾圧。「強要未遂」「威力業務妨害」として武健一委員長を始め7名の支部役員が逮捕された。武委員長は第一次弾圧では拘留はニ三日だったが、第二次では一年におよんだ。
 2017年12月、貯蔵出荷基地から生コン企業に輸送する運賃値上げのストライキを関生が行った。これに対して2018年7月から11月まで、のべ89名が逮捕され、71名が起訴された。いずれも組合員の要求が「恐喝未遂」、ストライキが「威力業務妨害」とされた。
 ふりかえれば、1897年設立の「労働組合期成会」による職業別組合を日本に移植する試みは挫折した。ついで戦前、産業別組合を確立する運動は1921年の川崎・三菱造船所の争議敗北で終わった。戦後、全日本自動車産業労働組合による産業別組合をめざす志は1953年の日産争議の敗北でついえた。
 そして1965年に結成された関生支部は70年代に日本に一般組合を形成する運動のなかで成長し、幾多の試練をへて今、産業別組合として存在する。このことは、「本当の労働組合」を確立する4回目の挑戦において勝利したことを意味する。
 だが、その勝利は危うい。産業別組合であるがために弾圧される。この危機を見過ごしてはならない。支配的な企業別組合のあり方もまた問われている。(249p.)
 流動的労働市場で働く「非年功型労働者」を下層労働者と呼ぶならば、そのような労働者は「下層」であるがゆえに、ユニオニズム創造の主役になる資格をもっている。現に欧米の産業別組合・一般組合は下層労働者によって構成されている。
 今の日本で起きている多くの人の離職、転職、泣き寝入り、パワハラ離職、パワハラによる引きこもりなどは反抗に行きついていない。しかし集団的反抗の門口にあると見てよい。
 自然発生的な運動エネルギーの大きな蓄積と旧来型労働組合の守旧性、このあいだの巨大なギャップこそが現局面の焦点である。(277p.)
 2000年以降の経験の蓄積は「非年功型労働者」につぎの論法を受け入れさせている。①会社にいても生活は良くならない、②転職しても変わらない、③それならユニオンで闘う以外にない。
 戦後すぐの労働運動は燎原の火のようにひろがった。それは企業別組合というあだ花を咲かせた。今は形を変えユニオニズムが芽生え、花咲く時代を迎えようとしている.火の勢いは自覚的意思で結ばれた活動家集団の勢力いかんにかかっている。
 今、ユニオン運動を支える労働者、学生、退職者などのボランチアがたくさんいる。さらに多くの人々がこの流れに合流するならば、ユニオニズムの創造と日本社会の根本的な変革は可能であろう。(278p.)

 以上が本書の荒筋で、当面する労働社会の局面を見事に分析している。この局面をとらえ社会を根本的に変革する運動の過程に、立ち会いたい願いに筆者は燃えている。










◇愛知連帯ユニオン・S:レイバーネット(2021年05月06日)
の紹介 木下武男著『労働組合とは何か』(岩波新書)

 「あとがき」にあるように、本書は、労働運動史の専門家ではない木下先生が、アカデミズムの研究と運動現場をつなぎ、活動家が運動の展望を議論するためのツールとして、労働組合の形態転換論の観点から労働運動史を切り取り、まとめたものです。木下先生の意図する通り、労組の活動家が最低知っておくべき歴史と知識が280ページに読みやすくまとめられています。また、第8章の2では、「日本における産業別労働組の登場」として関西生コン支部の運動とそれへ弾圧について25ページを割いて端的に記されています。

1,本書の内容

 本書の内容を少し紹介します。
 ヨーロッパでの労働組合は中世市民社会の「対内的平等」と「対外的独占」を原理としたギルドをルーツにしており、それが職業別労働組合(クラフトユニオン)に進化して労働者階級の階級意識の形成が始まった。産業革命によって大量の不熟練工が生み出される中、産業別労組(あるいは産業を単位とする労組の集合体である一般労組・ゼネラルユニオンをめざす運動)が職業別労組に取って替わっていく。

 米国では、最初に熟練工と自営農民となった北西欧の移民が流入した後、南東欧のから流入した第2次移民が大量の不熟練工を形成した。それは職業別労組・アメリカ労働総同盟(AFL)から産業別労働組合(CIO)、さらには「ワンビックユニオン」をめざしたIWWの結成に向かった。これに対して、企業側はアンチ・ユニオニズムの強硬な攻撃に訴えつつ、他方でカンパニー・ユニオン(従業員組織)を作り、運動を会社の中に封じ込めていった。その後、米国ではニューディール政策の中で1935年ワーグナー法が成立、産業別労組が再生していくが、ヨーロッパのような産業別労働協約体制は築けなかった。

 日本の場合、熟練工の萌芽は渡り職人にあったが、高揚する労働組合運動を個別企業内に抑え込む土台となったのが欧米にはなかった企業内技能養成制度とそれに基づく年功賃金であった。ここに日本労働運動の宿痾ともいえる「年功賃金と企業内労組」の原型が形成されていった。1946年に163万人で結成された産別会議は共産党の政治主義もあって瓦解、1950年には企業内組合をまとめあげた総評に席を譲る。しかし、戦後労働運動の一時代を築いた総評は、労働者間競争を規制する産業別団体交渉の方法と制度的方法が欠落しており、1960年までに民間大企業が第二組合の結成で、その後の官公労の運動も1975年スト権ストの敗北を最後に停滞へと向かった。

 1992年のバブル崩壊以降、貧困と雇用不安が日本を襲い、膨大な非(弱)年功賃金労働者と非正規労働者が生まれている。熟練工から非熟練労働者への転換が職業別労組から産業別労組の転換の土台になったように、日本は、今、企業内労組ではないユニオニズムの創造、労働市場への規制力を持つ本当の労働組合の形成をめざすべき時だ。変化は必然だが自動的ではない。組織主体の意識性が不可欠だ。

2,若干の感想

 本書が呼びかけるように、自覚的意思で結ばれた活動家集団によって、「ワンビックユニオン」をめざして、膨大な非年功賃金労働者と非正規労働者を産業別労組に組織し労働組合を再興していきたい。

 歴史的なストライキはどれも単なる労働の放棄・同盟罷業ではなかった。ピケッティングのないストライキはない。労働組合の団体行動権を守り抜こう。

 ヨーロッパに産業別労組が確立する過程は、歴史的には欧米列強による帝国主義の世界支配が成立していく過程であった。米国では第1次世界大戦に反対したIWWに弾圧が襲いかかり、ニューディール政策では大恐慌から脱出できずに第2次世界大戦へと向かった。日本の産別会議は朝鮮戦争に先立つレッド・パージで壊滅させられた。現在、膨大な非正規労働者が生み出さていれる世界は、同時に世界支配のパワーシフトの進行する時代でもある。帝国主義の世界支配と労働運動の関係は、もうひとつの重大なテーマだと思う。







◇稲葉一良:ブログ

▽私たち労働組合は、日々さまざまな職場の労働条件を維持向上するために活動をしています。木下武男著『労働組合とは何か』は、そんな労働組合の生まれる前の原風景、黎明期からどのように発展、もしくは衰退し、今日の姿に至るかの歴史を解説し、現在、日本の労働運動が抱えている課題と可能性について論じた1冊です。

■労働運動の歩み
 労働組合の遠祖としてギルドが挙げられます。ギルドとは中世ヨーロッパの職人などで組織された職業別組合で、排他的・特権的な性質を持っていました。そのギルドが時代とともに変容し、初期の労働組合となります。初期の労働組合は非合法の秘密結社でしたが、世界中で労働組合を求める運動が起こり、それが時には暴動にもなり多くの血を流しながら人々の権利として合法の労働組合が誕生します。
 日本でも、戦後に権利として労働組合の設立が認められ、独自の発展を遂げてきました。現在、日本の労働組合の大多数は大企業の企業別組合であり、行き過ぎた労使協調により、そのほとんどが正しく機能していません。

■ゼネラルユニオンは日本の労働組合の新生への巨歩
 企業別に存在する組合では、資本主義社会における企業間の競争の影響を受け、十分な労働運動を展開できません。諸外国を見ると、産別の労働運動が力を発揮しています。日本ではこの産別運動が根付きませんでした。例外的に、関西生コン支部が強く闘い、労働者の権利の獲得を実現していますが、不当逮捕など権力から強烈な弾圧を受けています。
 本書で日本の労働運動の希望としてあげられているのは、ゼネラルユニオンです。ただのユニオンではなく、業種別の部会が横並びしながら1つに結びついている結合体で、私たち誰でもひとりでも入れる労働組合の将来あるべき姿のひとつともいえます。
 本書を読み、私たちも支部の繋がりをさらに強め「産業のあり方を問う」労働運動をより活発に展開していきたいと切に思いました。









◇wsfpq577’s:ブログ
2021-05-27
▽日本中世史専攻、大学非常勤講師・研究員などとして生活の糧を得ていますが、ここでの発言は諸機関とは全く無関係です

木下武男『労働組合とは何か』
#歴史 読書
本日は姫路勤務、帰路に久しぶりに大阪のチケット屋で95%図書カードを購入し新本屋へ。レジの行列は途切れていなかったが、棚はスカスカで今後が心配。
電子書籍の広がりに加え(引きこもり中の授業準備で一度購入したが、スクショしかとれず余り当方は利用しようとは思わない)、紙本でも送料無料の通販があり(しかも図書カードも使用可で昨年何度か利用)、いつもなら新本屋で買うものも学会割引経由となった。
そうした矛盾を抱えながら久しぶりの電車読書の備忘。
同一労働・同一賃金、産業別組合の力で企業競争による労働条件切り下げを阻止する欧米型労働組合について、中世ギルドまで遡って成り立ちを解説し、それと真逆の企業内労働組合・年功賃金という日本の成り立ちと、それが故に90年代以降に労働条件の切り下げに対抗できず、最低賃金が非常に低水準に抑えられている状況を対比、そのなかで関西生コン労組が欧米型の産業別労働組合を実現し成果を上げる一方、弾圧にさらされている現状を紹介。
確かに非常勤講師組合などに関わってしまうと、組織率の低さがもろに交渉能力の低さに直結しており、欧米型の必要性は痛感される。ただ欧米でも労働組合を否定するネット企業が出現しておりそれをどう打開しようとしているのかは気になるところ。
なお関西生コン労組は2015年の運動で見かけたが、そこまでの意義をもっているとは知らず勉強になった。







◇下町ユニオン:ニュース

▽ 以前、ユニオンの学習会に来てお話しをしてもらったこともある、木下先生の新著です。
 現在の日本社会を変えなくてはならないという強い問題意識からこの本は出発しています。


岩波新書 2021/3
¥990
 労働現場での規制は政治によるだけではできず、労使の交渉によるしかない。しかし日本では産業全体を規制する「本当の労働組合」ではなく「企業別組合」という「あだ花」が「年功賃金」と「終身雇用制」と共に日本的労使関係を支える柱となってきた。

 その日本的労使関係から既に経営者は決別し、その結果として若者や女性を中心にした貧困と過酷な労働、雇用不安といった悲惨がある。一方、ヨーロッパ社会では移民や失業者が増え大きく揺らいではいても産業別労働組合と福祉社会の大枠はくずれていない。

 この「産業別労働組合」を形成する力を「ユニオニズム」と呼んで、その理論と、日本の労働組合の未来を構想する手引きとしてこの本を書いたと著者は述べます。

 中世の職人による自律的な組織=ギルドにまで逆上り、その職種別の自律性が、熟練労働者中心の職業別労働組合へ、さらに工場の大量生産方式への変化のなかで、熟練・上層労働者だけでなく流動的な労働者を含めたすべての労働者の組織、産業別労働組合に至った欧米の経験が描かれます。そういった社会では、企業の外の産業別労働組合が産業ごとの経営者団体と交渉することによって、「労働条件」を企業同士の競争条件の「らち外」に置き、いわば電気代や水道代と同じようにどんな経営事情があっても値引きできないものとした、という「たとえ」はとてもわかりやすく、ハッとさせられます。

 日本においてユニオニズムの可能性が潰されていく戦前、戦後の経験も具体的な闘争をたどって描かれます。その結果、現在私たちが日常的に仕事について語る言葉は、自分が働く会社の経営状態というもの、あるいは業界の下請け構造などに常に限界づけられた世界の中で完結させられたものになってしまいました。

 しかし、過去の日本的労使関係は既に崩壊しました。そして、崩壊後の、非正規や、若者たち「非年功型労働者」という労働者類型の自然発生的な運動エネルギー、すなわち、①会社にいても生活は良くならない、②転職しても変わらない。・・それでも現状にどうしても甘んずることはできない! という単純な思考エネルギーが、この国から貧困と過酷な労働を一掃しようという覚醒に転化したとき、個々の会社の枠を越えたユニオニズムの可能性が開かれる、と彼は主張しています。

 今ある産業別の全国組織や合同労組、コミュニティ・ユニオンなどの業種別、職種別の部会が最初は二重加盟などいろいろなつながりで結びつき、交渉のスケールを個別企業の枠を取り払って広げていく、そして、一つのユニオンとして、成立していく・・、その構想は現在の閉塞感を打ち破る開放感につながっています。実際、コミュニティ・ユニオンの一員として具体的な行動としては何ができるだろうか、問われる思いです。日々の働き方に不合理と怒りを感じているすべての方に勧めたい本です。  (石頭)







◇レイバーネット:ブッククラブ読書会:レイバーネット/HP

▽6月6日(日)開催のブッククラブ第29回読書会報告です。

今回は『労働組合とは何か』(木下武男、岩波新書)が取り上げられた。参加者は14人で 労働運動の第一線で活躍中の方も参加し、議論は組合運動の活動家に一石を投じようとの著者の意欲に応えるような充実したものになった。

 本書は、はじめに中世のギルドまで遡って労働組合誕生の歴史を探り、さらにイギリスそ してアメリカの運動史を辿っている。その記述は鮮やかであり、また日本の組合運動が、 組織的な特性もあって企業に抱え込まれてしまいやすいとの指摘も的確なものとの意見で一致した。
 他面、欧米の歴史篇が現在まで届いていないのは残念であり、また企業別労働組合を「あだ花」とする見方には異論も出された。
現実にねざし、課題に取り組んできた歴史から学ぶこともまた多いのではないか、また労働法制を実際に活用する必要性にも言及して欲しかったとの意見もあった。討論はそれぞれの実践経験も踏まえて、意見が率直に出され、さらに本書の提起に触発されて今日的な課題を考える方向へと展開した。
 非正規あるいは「雇用類似」労働の組織化は国際的な課題と言っていいが、20代、30代の労働者が置かれた労働環境は、想像を越えて過酷である。反面それにへこたれない若い人も現れ始めている。たとえば最近の入管法改悪反対運動の短時間での広がりを見ると、組合運動の視点や枠組みにとらわれないで考えていけば可能性も見えてくるのではないかとの意見も聞かれた。
 気迫ある本書に促されるように、示唆に富む議論が展開された2時間でし た。(志真秀弘)








◇京都デモ情報:《ブログ版》

本書にもあるように、戦後体制の礎であった年功賃金・終身雇用が終わったことで、企業別労働組合は労働組合としての建前すら見失った。それどころか労資協調と称し、ユニオンショップで従業員を縛り職場管理する抑圧機関と化している。志ある組合活動家が企業別労働組合の執行部を握っても、分断され兵糧攻めで潰されるパターンを踏襲するだけだ。著者はそれを乗り越え労働組合本来の機能を蘇らせる策として策として、労働市場全体の組織化を射程に入れた産業別組合への転換を訴える。確かにそれしか、砂粒のようにバラバラな非正規労働者や外国人労働者が団結し、人間らしく生きる権利を得る方法は無い。賃金の下降傾向も収まらず不景気が終わらない。また、労働者が世界をリードする新しい社会体制も見えてこない。

問題は産業別労働組合への転嫁が昨日今日の話ではなく、以前から呼びかけられているにも関わらず、一向に前に進まないことにある。2007年前後から非正規労働者問題が浮上し、それとともに星の数ほどの個人加盟ユニオンが結成され脚光を浴びるようになった。しかし14年を経た2021年現在から捉え返すと、個別のユニオンごとの散発的な争議に終始し、産業別労働組合に合流して大きな運動になることはなかった。本書の最終章で”日本でユニオニズムを創れるのか“という問いを掲げているが、「生きることで精いっぱい」「結集しない」「それはわからない」「みえてくるかもしれない」「前夜」と悲観的な言葉が並ぶ。著者が2007年に出版した「格差社会にいどむユニオン」は、若者を中心とした個人加盟ユニオンの隆盛に可能性を見出し、産業別労働組合を創ろうという熱気に満ちていたが、時間の経過はより厳しい現実を突き付けたようである。影響力のある産業別労働組合の実例として、関西生コンしか挙げられないのも相変わらずである。

14年という月日の中で有力な産業別組合が作れないのはなぜか、ミニチュア版総評のような企業別組合連合が個人加盟ユニオン内でさえ繰り返されるのはなぜか、今問われるべきはこれだろう。資本の妨害はあるだろうが、労働者側の主体性も不鮮明だ。その原因は、産業別労働組合の母体とされる個人加盟ユニオンが、相変わらず企業別・地域別という区割り構造から抜けられないことにあるのではないか。個人加盟ユニオン活動家の意識が問われる訳だが、大組織に埋没するより一国一城の小親分でいる方が承認欲求を満たせるのかもしれない。あるいは組織を目の届く範囲に収める方が、実務的に動かしやすいのかもしれない。

同じ職種内で転職の多い業界に、オルグを集中するという戦略も必要だろう。地域別個人加盟ユニオンである程度の規模まで企業別労働組合として育てたら、他都道府県の同じ業界の労働組合に繋げ職種別ユニオンとして独立させるという度量も求められる。最初から大規模な産業別労働組合建設を見据えた個人加盟ユニオンの連合体は可能なのか、活動家の意識の壁を取り払うためにはどうすべきか、日本版民主労総をどのように建設すべきなのか、次作ではぜひこの問題に切り込んでほしい。企業別組合は日本社会に適合土着した自然感情に基づく固有種、というような、奴隷頭の立場で都合よく合理化した日本特殊論を打ち破るためにも必要なことだと思われる。

この本のユニークな視点として30ページにかけ、ヨーロッパにおいて共同性とは集団を取捨選択する自立した個人の志向性が結びつくことで創られるという考え方であり、個人の内面で集団と個人は切り離されていないことを市民社会の成り立ちから解説している。個人の利益優先に見える欧米社会で、社会運動や労働組合が盛んな理由の一つと考えられる。日本では個人と集団は分離され、集団よりも個人の意思を通す自由な生き方としての個人主義がよりモダンでスマートなものとして受け入れられている。これが、労働組合や政党といった共同性が忌避される原因にもなっている。本当の労働組合を促進すると同時に、本当の共同性の理解を促進しなければならない事を痛感させられた。







◇ココナツ・チャーリイ:《ブログ版》

木下武男著『労働組合とは何か』
2021年9月27日
読書感想・書評
 本書の主張は明快で、世界標準の「本来のユニオニズム」に立ち返れというものである。ではその「本来のユニオニズム」とは何か。

労働組合の機能は労働者同士の競争規制
 そもそも労働組合は労働条件の改善を目的とし、その機能とは労働者同士の競争を規制することにある。労働者がばらばらのままでは労働力の価格、つまり賃金を下げてでも職を得ようとしてしまうからだ。だから労働組合は強制加入であるべきだし、抜け駆けを許してしまっては経営側の賃金引き下げの思惑に乗ってしまうことになる。

 競争規制の具体的手段としては(1)共済のような相互扶助の仕組みを作って生活を安定させることで、傷病・遺族・老後等の不利な条件下で抜け駆けしてでも労働力を安売りしなくて済むようにする、(2)最低賃金や労働時間規制のように共通規則を法制化させる、(3)ばらばらの労働力商品を集合・組織化して労働組合が代表して集合取引(団体交渉)を行う、の三つだ。

 いまの日本の労働組合だってこの三つをやっているはずだ。では世界標準とは何が違うのかと言えば、そもそもの雇用慣行が違うのだ。日本では同じ職務であっても会社が違えば給料が違うのが常識だが、西洋では同じ職務なら会社を超えて同じくらいの給料となる。


 例えばドイツ小売業には「購入権限を有する筆頭販売員」という職務が組合によって定義され、労使交渉によって確認されている。日本でいうコンビニ店長に相当するとすれば、セブンーイレブンだろうがローソンだろうがファミリーマートだろうが、店長ならば「購入権限を有する筆頭販売員」として同じ賃金を得ることになるのだ。

職業別組合から産業別組合へ
 労働組合はもともと、中世ヨーロッパで生まれた職人の自治組合「ギルド」を源流に、職業別組合として発達した。19世紀の初期労働組合は、手工的熟練のある親方どうしで自分たちの職業の縄張りをつくってカルテルを組み、煉瓦積みの仕事なら煉瓦工組合の組合員でなければ従事できないようにした。こうした閉鎖性・排他性を背景に、熟練度は組合が証明し、その水準に即して賃金が設定され、組合が仕事を紹介するという制度を作り、労働供給の管理を行った。

 この時代の「クラフト生産」と呼ばれる方式では、生産の一切は親方にゆだねられており、材料の選択から製作、検査に至るまで具体的な生産方法は親方が決めていた。この過程で親方は徒弟期間中の労働者を訓練し、補助労働者を配下において監督・管理していた。

 つまり企業は労働者を直接雇用するのではなく、親方を通じて間接的に雇用していた。このクラフト生産を差配する親方によって組合は構成されるので、職業別組合は強い実力を持っていたのだ。組合が雇用保障の実際を担っていたわけである。

 ところが産業革命を経て20世紀初頭、テイラーによる科学的管理法により、熟練工の多能的な労働を単純作業に細分化し、各作業を定型化することによって一つ一つの仕事に熟練が不要となった。不熟練・半熟練者を企業が直接雇用することができるようになり、しかも少しの訓練で仕事をこなせるので、他の労働力と全面的に代替できる。ゆえに労働市場は広がり労働者間競争も激しくなる。

 そこで登場するのが労働市場を組織範囲とする労働組合である。これが産業別組合である。従来の「職種(トレード)」から「職務(ジョブ)」へと転換はされたが、企業横断的に同一職務には同一賃金という原則は職業別組合時代と変わっていない。職務範囲は組合間の対立と調整によって設定され、これに基づいて形成された職種別労働市場をもとに、企業は必要な職種に応じて労働力を調達する。

 職種から分解された職務間にはその難度に応じて序列が発生するが、この熟練度別序列も労使間で確認される。こうして「職務等級表」が決定された後、ようやく賃金交渉に入るというわけだ。

企業別組合の日本
 なぜ日本では本来のユニオニズムに即した産業別組合が発達しなかったのか。明治近代化以降の歩みをたどったのが第7章である。

 日本で産業資本主義が確立した日清・日露戦争時代は、まだ技能は手に依存していて徒弟制度も存在したが、あくまでも熟練は属人的なスキルでしかなく、社会的に組織された訓練制度の中で培われたものではない。熟練工とは、単にいろんな職場を移動して経験を積んできた「渡り職工」を意味し、流動的な労働市場を形成した。

 産業の発展に伴い、1920年代の日本企業は熟練工不足を痛感し企業内での技能養成制度を作るに至る。ここで重要なのは欧米のような技能の社会的標準が日本には存在しなかったことである。欧米では技能認定が組合や公的制度によって行われるので、技能はポータブルであり会社を横断した産業別組合の組織へとつながる。しかし日本の技能養成はあくまでも企業内的なものであり、流動的な労働市場を企業別に分断させる効果をもたらした。


 また企業内技能養成制度の成立とともに登場したのが年功賃金制である。企業内でせっかく技能を要請しても、高い賃金を求めて他社に移られては意味がないので、企業内にとどまることが得な制度を作らねばならない。そこで技能とは関係なく、勤続すれば昇給する年功的賃金が生まれる。

 企業内技能養成と年功賃金制は、労働者をその会社の「従業員」へと転換させた。戦後の1946年には労働組合の組織率が55.8%に達して労働運動が高まりを見せる中、産別会議の指導のもと賃上げ運動が高揚し、賃金は生計費を根拠とすべきという思想に基づく日本電気産業労働組合協議会(電産協)主導の賃金体系を経営側に認めさせることに成功した。

 しかし生活給である以上年功賃金とならざるを得ない電産型賃金は、ジョブに基づいた賃金体系とは全く性格を異にする。実際1947年の世界労連による勧告でも「かような方法は雇用主の意志のままに悪用され、差別待遇されやす」いと批判された。実際、経営側は1950年代以降、定期昇給に従業員の能力査定を反映させる仕組みを作った。実際にはユニオニズムに基づいた産業別組合形成の運動は日本にもあったようだが、年功賃金・企業内賃上げを前提とする総評的労働運動が趨勢となってしまう。

雇用を企業に依存しない例
 著者は「日本の雇用保障は、国家でもなく、労働組合でもなく、ひたすら企業によって支えられてきた。それが長く日本に根づいていた日本型雇用慣行だ」(p.210)と喝破する。ゆえに労働者は従業員として企業の意思に沿うように長時間労働に従事し、年功賃金制のもとで転職もままならなかった。

 しかし2000年代以降、非正規労働の増加や希望退職という名目でのリストラ敢行などが当たり前となり、企業は日本型雇用慣行を捨てた。もはや企業任せの雇用保障が望めないなか、著者はいまこそユニオニズムに基づいて労働組合による規制と国家の政策によって、転職しても不利にならない整備された労働市場を形成する必要性を訴える。

 そこではまず企業型組合とは異なる組合の在り方を模索しなければならない。著者はそれが、非常に困難な道であることを認めたうえで、しかし不可能ではないことを示すため日本における特徴的な組合運動を紹介する。それが、関西の生コンクリートを運ぶ労働者によって作られた産業別組合「関西地区生コン支部」(関生支部)の例だ。

 関生支部は早くも1980年代には年収600万円台と「年間休日104日の増日」を盛り込んだ協約を締結。協約は263社291工場の約7千人に適用され、組合の存在しない未組織の企業にも及ぶことになった。年間休日は現在125日になっており、年休を含めるとドイツの150日以上という水準に匹敵するものとなっている。 こうした緩やかで安定的な雇用システムの下では女性の進出も進み、あるシングルマザーは前職の倍以上である月収27万円を手にしている。

 さらに非正規雇用についても、日々雇用の労働者が必要な場合は組合が推薦する者を採用させることを協約化した。また、分会のある企業では組合推薦者を優先雇用したり、倒産・廃業で失業した組合員を、集団交渉に参加している企業の共同責任で雇用したりする制度も作られ、雇用保障も組合が担っている。

 こうした仕組みを実現させるためには、産業構造自体の転換も必要だ。ゼネコン─セメントメーカー─生コンという下請けの構造のなかで、生コン製造の中小企業はばらばらのままでは買いたたかれてしまう。これを防ぐために産別組合とタッグを組むようになった。中小企業同士で事業協同組合を組み、注文は協同組合が一括して受け、加盟企業に割り振る仕組みを取ったのだ。事業協同組合は法律によって独禁法のカルテル規制が適用されない。

非年功型労働者への期待
 著者は日本型雇用慣行の終焉によって、労働市場は現在2つの類型に分かれていると整理する。

 一つは従来の日本型雇用慣行がいまも存続し、企業別に労働市場が分断された「分断的労働市場」であり、ここに属するのは企業内育成を受け、経営側の強大な指揮命令に服する代わりに、成果主義か年功的かの別はあれども企業にいられる間は長期の雇用と昇給が保障される「年功型労働者」である。

 もう一つは「流動的労働市場」であり、ここに属するのは「非年功型労働者」である。誰でもできるような定型業務を繰り返し行う過酷な労働に従事し、昇給や昇進は望めず、長期的な雇用は難しいような労働を指す。著者は、正社員であっても使い捨てのような労働であればここに分類する。

 著者はこうした非年功型労働者が、新たなユニオニズムの創造の担い手になりうると期待する。

もちろん生きることで精いっぱいで、そう簡単にユニオンに結集しないだろう。だが彼らの状況を改善するのは企業でも政府でもない。その状況は個人の努力で突破できるほど甘いものではない。

p.260
 具体的には(1)企業別組合の内部変革ではなく、外部に非年功型労働者による新たなユニオンを作る、(2)交渉相手の経営者団体に対応する「業種別」、共通規則設計の基準となる「職種別」という性格を持つ業種別職種別ユニオンによる共通規則の制定と集団取引を実現する、(3)業界の産業構造を改革する運動につなげる、などの方途を示し、最終的にゼネラル・ユニオンへと発展させるという構想である。

 これは現実的には困難に見える。世の中の大多数は、そんなことをするくらいなら、年功型労働者のコースに乗って企業の雇用保障に甘えたいはずだ。実際著者も、ユニオニズム創造の担い手は「一人一人の自覚した個人である」というが、言うは易し行うは難しだろう。

 現在ある企業外部のユニオンは所詮、ブラック企業で働き続けられなくなった人たちの駆け込み寺的な位置付けで、せいぜい未払い残業代の請求やハラスメントに対する抗議運動程度でしか存在感を示せていない。西洋的な実質的な雇用保障を担いうるような存在へと高めるための処方箋を本書が示せているとは言えない。

 とはいえ収穫の多い本ではある。労働組合成立の歴史的な背景がわかるだけでなく、関生支部の例のように日本でも西洋的な本来のユニオニズムを体現する組合が存在するということは、興味深い事実だ。「ジョブ型雇用」への注目が高まる中、そもそもジョブとは何かということを考える手掛かりにもなるだろう。

(2021年、岩波新書)=2021年3月31日読了









◇読書メーター:HP

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【第二部】
▽2022.07.20




◎『労働組合とは何か』を読み解く




 ▽以下、twitter、facebookのURLを参照(敬称略)


◇藤田孝典:twitter

▽2021年3月18日 藤田孝典
@fujitatakanori
·
3月18日
労働組合とは何か (岩波新書)
献本いただく。新型コロナ禍で休業・失業が増加するなか労働組合、ユニオンの重要性を説くタイムリーな本。
ブラック企業対策、過労死問題、外国人や休業者支援、政策提言など、新しい「生きた労働組合」が活躍中。
是非読んでほしい。

藤田孝典 @fujitatakanori
3月18日
労働問題研究の学問の世界では、働く者のリアルな現実や運動からかけ離れた研究が旺盛になされている。
一方、運動の現場では毎年の春闘と時々の政治課題に追われ、理論を踏まえて将来をみすえた議論はみられない。
(木下武男「労働組合とは何か」[岩波書店2021]P279)






◇佐々木隆治:facebook
▽2021‎年‎3‎月‎19‎日

木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書)がついに刊行されました! マルクスの変革理論における最重要概念、「アソシエーション」が何であるかを端的に示している本だと言えます。アソシエーションには長い伝統があり、また闘争の中で常にその形態を刷新してきたことがわかります。


岩波新書編集部:twitter 
@Iwanami_Shinsho
·
3月20日
【3月新刊その3/木下武男『労働組合運動とは何か』】日本では「役に立たない」といわれる労働組合だが、世界を見渡せば現在進行形で社会を変えようとしている。この違いの原因は? 社会を創る力の源泉は? 第一人者がその歴史と理論を解明。斎藤幸平さん推薦! http://iwnm.jp/431872


◇青木耕太郎:facebook
▽2021‎年‎4‎月‎9‎日、‏‎9:10:21

木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書)を読了しました。
沢山の学び・気づきを得られる素晴らしい本です。労働組合運動に携わる人にはもちろん、日本で社会運動に関わる人みんなにお勧めしたい本です。
本書は、日本に「本当の労働組合」を創るにはどうすればよいのかという問題設定に貫かれています。欧米の歴史から「本当の労働組合」とは何かを学んだうえ、なぜいかにして日本の労働組合が「本当の労働組合」を創れなかったのか、そしてこれから日本でどうすれば「本当の労働組合」を創れるのかを論じています。
また、「本当の労働組合」が社会的通用性をもつ職務(ジョブ)をつくり出し、そのジョブが「男女の賃金差別やエスニシティによる賃金差別を含め、平等と差別を分ける基準」となった(同一価値労働同一賃金など)のに対し、日本の企業別労働組合は、そうした「共通規則」を打ち立てられず、職場のジェンダー差別・レイシズムを規制しなかったという趣旨のことが述べられており、日本の酷すぎるジェンダー差別やレイシズムの現状を説明する広い射程の議論になっています。
そして、本書では、これまで日本で「本当の労働組合」を創れなかった要因について、「宿命論」や「本質論」のようなもので説明するのではなく、歴史を丁寧に紐解きながら運動主体(アクティビスト)の側の「選択」の積み重ねによるものだと説明されます。
そうだとすれば、読み手(≒運動主体の側)も過去についての「反省」を迫られます(本書への否定的な意見が散見されるのはこれが理由でしょう)。
この本を読んだうえで、多くの仲間と、これから日本で「本当の労働組合」を創るための議論をしていきたいです。
著者自身も「日本でユニオニズムの花を咲かせることは想像を絶するほどの難事業だ。」と言っています。
労働者の資本への従属が著しい現代日本で、どのようにすれば「本当の労働組合」の第一歩である業種別職種別ユニオンを拡げることができるのか、労働運動の最前線で闘う多くの仲間とともに、実践と議論を積み重ねていきたいです。

◇水口洋介:「読書日記」のページ

▽2021年04月10日 18:25

読書日記 木下武男著「労働組合とは何か」(岩波新書)
•2021年3月発行
2021年4月9日読了
 労働社会学者の木下武男教授の著書です。木下教授は、長く「賃金論」をふまえた労働組合のあり方を議論されてきました。1999年「日本人の賃金」(平凡新書)では日本型年功型賃金の変容と、グローバル化による職務給・職階制賃金、成果主義賃金について実態(実例)を踏まえた分析と提言(年功賃金から生活できる仕事給)をされており大変に参考になりました。
 木下教授は、この「労働組合とは何か」で、欧米の労働運動・労働組合の歴史と実態を概観した上で、日本の企業別労組の問題点を批判して、新しいユニオニズムを提言されています。
 この本の骨子は次で要約しますが、私は基本的に木下教授の意見に賛成です。
 欧米の労働組合は、ヨーロッパ中世のギルドからの伝統を踏まえたものである。手工業時代からの伝統を踏まえた熟練労働者のクラフツ(? トか―引用者)・ユニオンが力をもって職業別労働組合になり、産業革命後に機械制工場に雇われる不熟練労働者が一般労働組合を組織して戦って、それが産業別労働組合と発展し、経営者団体と交渉して産業別賃金協約を獲得するようになった。典型的には英国の労働運動であり、第二次世界大戦後には福祉国家を成立さえ(? せ―引用者)た。
 これに対して日本の労働組合運動は、戦後になり企業別労働組合が全国各地に結成され、1946年には多数派の「差別会議」(組合員数163万人)が結成された。その傘下の電産労組がいわゆる「電産型賃金」(生活できる年功賃金)を確立した。
 1946年には、米国の労働諮問団は、年功賃金からジョブ型賃金に転換するように勧告した。また、1947年の世界労連の視察団は、日本の企業別年功賃金に対して「雇用主の意志のままに悪用され、差別待遇されやすい」として「平等な基準」の「仕事の性質」に基づく賃金を提言していた。
 しかし、日本では、その後、経営側は、一時、職務給を導入しようとしたが労働側の反対を受けて、定期昇給制度に人事考課制度を結合させた日本型職能等級賃金制度を確立させていった。
 本来、日本の労働組合は、企業別組合が本流となってしても、産業別統一闘争を発展させ、産業別組合に向けて改革する努力が必要があった。産別会議は、占領軍のゼネスト中止、共産党の介入とそれに対する反発で分裂縮小して崩壊(1956年解散)した。その後の総評型労働運動も「年功賃金・企業別組合」システムを前提とした労働運動となった。春闘などの総評型労働運動の頂点は18(? 9―引用者)75年だったが、それからは凋落していく。1975年は、春闘とスト権ストが敗北した年。
 1980年以降、日本では、企業主義的統合が進み、「労使協調」路線にどっぷりつかっていくことになる。1980年代後半以降、ストライキによる労働日損失がなんと限りなくゼロに近くなることが如実に示している。年功賃金と終身雇用制という日本型雇用システムに労働者の企業意識や忠誠心という労働者の同意を獲得していった。労働者に「安定」を提供したが、「競争」と「差別」(左派労組員への差別と女性差別)が色濃い。
 そして、バブル崩壊、経済のグローバル化、経済のソフト化・IT化のもと、現状の貧困と格差が広がる現在の雇用社会、労働者の状態が生じている。
 現在の企業別労働組合を中心とした労働組合運動、数的には多数派である正社員の年功的賃金制度のままでは、社会を変えられない。旧来の日本型賃金(属人的な年功的賃金)では非正規労働者の同一労働同一賃金は実現できないし、正社員の賃金も低下していく。
 そこで、木下教授は、企業別労働組合も、産業別労働組合に内部改革することを期待しつつ、より必要なのは、企業別組合の外部に組織されたユニオンが未組織労働者を組織し、さらに業種別職種別ユニオンに発展していくことを提言している。その萌芽は確かに広がりつつあるとする。
 私も、欧州のような産別労働組合と職務給の雇用社会、社会民主主義の政治体制が日本にあれば良いと夢想しますが、いまさら日本に産別労働組合がないことを嘆いても、死児の齢を数えるようなものでしょう。
 また、これは世界的に見れば、欧米の方が特殊例外な社会(自生的に資本主義を生み出した社会だから)なのでしょう。少なくとも、アジアを見れば、多くは日本のような企業別組合が中心のようです(これはなぜでしょうかね?)。例えば、韓国も左派も右派も企業別労組だし、それでも韓国では中央産別組合の交渉力は強いようです。もっとも、韓国の労働組合組織率は10%で日本の16%よりも低い。
 木下教授が言われるように、年功型正社員の企業別労組が産業別闘争に大きく踏み出すことに期待しつつ、「貧困と格差」にあえでいる大企業以外の普通の未組織労働者を、業種別ユニオン(一般労組)が広く組織化し、企業を超えた産業別・業種別な労働組合が発展していくことが必要だと思います。
 日本の組織率は民営企業で16.2%ですが、1000人以上の大企業が全体の66%を占めており、99人以下の企業では推定組織率は0.9%しかありません。日本では99人以下の企業に雇用されている労働者数は、全体の雇用労働者のうち半分です。広大な未組織分野があるわけです。
 企業別労組と労組員、そしてナショナルセンターは、これら企業外に組織されたユニオンを応援し、オルグを増やすための財政援助をしたらユニオンは発展するのではないでしょうか(オルグを増やす余裕がない)。ただ、この方向を指向しているとは見えません。どちからというと、企業内労組を基本としており、中小企業にも企業別労組を組織する方向や、非正規労働者を企業別労組に加盟させる方向を指向しているように思います。この点は、連合も全労連も同じと感じます。
 アメリカのAFL-CIOは20世紀末頃、若いオルグを抱えるために大幅な財政援助(要するにオルグの賃金)をして、労働運動を活性化させたと言います。日本の企業別労組にも是非、期待したいものです。

◇石川 源嗣:facebook
▽2021年4月16日 17:26 ·

木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書2021.3)を読み終わった。
読む前に、北健一さんのfacebook(下記引用)での評価を見て、思わず「いいね!」を押そうと思ったが、「ちょっと待てよ、同じ結論になるにしても、いくら何でも読まずに押すのは失礼でまずいだろう」と思い直し、読了した次第である。
正直言って、ここ何年か、木下武男さんの主張に違和感があったことは否めない。
それは、木下さんの主張に問題があったのか、きちんと読まなかった私の問題なのか、よく分らない。
それはそれで考えたいと思っている。
問題は今回の『労働組合とは何か』である。
結論から言うと、非常に気合の入った労作であり、学ぶことは多く、考えさせられるもので、多くの労働運動関係者にぜひ読んでいただきたいと思う。
北さんが言う、
<著者が「あだ花」と呼ぶ、企業別組合が単組の多数をしめる日本の労働運動や産別組織、ナショナルセンターは、さまざまな課題を抱えつつも全体としてみれば大切な社会的資源です。労働組合の再生は、歴史との決別ではなく、真摯な振り返りをふくむ継承の先にあるはず。その際、本書が扱っていない海外の近年の努力はもちろん、著者には「あだ花」と映っているらしい日本の労働組合の先人たちの歩みも参考になるものが多々あると感じます。
どんな制度にせよ、その国に根付いたものには、根付くだけの理由と事情があります。ヨーロッパの産別組合こそ素晴らしいというのはほぼ同感なのですが、企業別組合を全否定すれば解決するほど日本の労働者が直面する課題は単純ではないと思います。>
この点については私自身はもちろん、木下さんも異論はないと思う。
しかし、ここが本書の主要な論点ではないのではないか。
著者の主眼は、「企業別組合」という組織形態の追求では労働運動の発展はかちとれないというところにあると思う。
つまり、最終章の「日本でユニオニズムを創れるのか」の是非である。
より実践的には、「4 ユニオニズムの創り方」のところ。
ひとつの結論は、
「労働運動の再生は日本では産業別組合ではなく、ゼネラル・ユニオン(一般労働組合)が適合的だと考えられる」(p270)。
これは木下さんの前からの持論なのか、新しい見解なのか、よく分らないが、賛成である。
少なくとも、以前の『格差社会にいどむユニオン』(花伝社2007.9)では、ゼネラル・ユニオンの評価は今回ほど明快でなかったと思うだが。
たしかに木下さんの「ゼネラル・ユニオン構想」は、「業種別・職種別ユニオン」が中心軸として位置づけられており、そこには正直、違和感があるのだが、それにしても、「ゼネラル・ユニオン」重視へ軸足を変えているように、私には見える。
よい変化・発展は支持すべきと思う。
しかし、同時に本書に対して全面同意とはいかないのも実感だ。
欧米労働運動への無批判と思われる評価、日本の戦後労働運動、企業別組合への清算主義的な匂い、さらに運動停滞の原因を「制度政策」、システムに求めるのはどうかなど。
だが、「1975年の暗転」など戦後労働運動史をはじめ労働運動の総括面で学ぶところは多いことには変わらない。
地域合同労組で闘い、全国一般労働組合全国協議会で活動してきた身としては、まったく不十分の現状ではあるが、方向性としては「我が意を得た」の感もある。
木下本を労働組合運動再生の出版点、たたき台として肯定的に位置づけたいと思う。
しかし現在の真の課題は、「4 ユニオニズムの創り方」での提起の先にあると思う。
明日からどう闘うか。
ひと言で言えば、新自由主義による徹底した階級解体の現状に対し、いかに、どこから階級形成をかちとるか。
今後の共通するいちばん肝心の課題と言える。
―――――――――――――――――――――――
北 健一
3月25日 16:37 ·
血沸き肉躍る「歴史」、賛成し難しい「結論」
昭和女子大名誉教授・木下武男さんの近著『労働組合とは何か』(岩波新書)を読みました。私は講演を何度も聴いてリスペクトし、研究会にお呼びいただいたこともあったので、すぐに買って読み進めました。
中世のギルドにさかのぼってルーツを探りつつ、職業別組合、一般労働組合、米国の展開という歴史を骨太にたどる記述は、象徴的場面の活写がすばらしく、敗北と勝利、無念と高揚がよみがえるようです。「働き方(労使関係)の変容→新しい課題の浮上→古い形態の組合の無力→労働組合の形態転換」という基本的視点も説得的ではあります。
他方、日本の現状への評価には、労働組合ないし労使関係の一端にいる身として首を傾げざるを得ません。戦後労働組合、とくに企業別組合は「あだ花」(p278)であり、その歴史と「完全に決別すること」(p205)が提唱されているからです。
著者があげる東京電力の労務管理などは指弾されるべきものですがかなり特殊なケースであり、それをもって企業別組合の典型とするのは行き過ぎでしょう。年功賃金が賃下げを生み出している(p212~)というのも論拠が? 不十分ではありますが「賃上げの復活」こそ近年の労使関係の特徴ですし、本書で年功賃金の弊害とされるものは、むしろ査定、恣意的人事評価の弊害と見るべきでしょう。関西生コンや音楽ユニオンの評価は私も賛成ですが、著者の描く全体の構図はいささか一面的な感じがします。
前半は魅力的で、個々の指摘も鋭いのに、なぜこうした「結論」に至るのか。一つの理由は、労働運動ないし労使関係の最新の分析が踏まえられていないこと(米国ではニューディール期まで、英国では第二次大戦頃まで)であり、もう一つは、日本の実際の労働組合、労使関係への目配り、実証が限定的で、企業別組合批判が決めつけになっている点にあるように私には思えます。
著者が「あだ花」と呼ぶ、企業別組合が単組の多数をしめる日本の労働運動や産別組織、ナショナルセンターは、さまざまな課題を抱えつつも全体としてみれば大切な社会的資源です。労働組合の再生は、歴史との決別ではなく、真摯な振り返りをふくむ継承の先にあるはず。その際、本書が扱っていない海外の近年の努力はもちろん、著者には「あだ花」と映っているらしい日本の労働組合の先人たちの歩みも参考になるものが多々あると感じます。
どんな制度にせよ、その国に根付いたものには、根付くだけの理由と事情があります。ヨーロッパの産別組合こそ素晴らしいというのはほぼ同感なのですが、企業別組合を全否定すれば解決するほど日本の労働者が直面する課題は単純ではないと思います。労働組合について真摯に書かれた著書について感じたことを真摯に書かないのは不誠実だと思い、書いてみました。
(三木さんのコメントを受けた追記)
上記は、全体的結論への評価を書いたもので、本書の個々的論点には深い示唆が含まれています。著者は、「労働問題は……国家の権力的統制のまえに、当事者の自主的組織化と統制によるべき」であり、「権力万能」論は退けるべしとする氏原正次郎の論を引き、「日本では道のりは遠いが、『権力万能』論を排し、労働社会における産業別の労使対抗基軸論をとり、力を蓄えていくべきだろう」(p152~3)という指摘など、強く共感しました。


◇今野晴貴:yahooニュース
▽2021年4月18(日) 9:00
新入社員は労組に入るべき? 木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書)から考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
2021/4/18(日) 9:00


(提供:ideyuu1244/イメージマート)

 4月となり新入社員は社内の労働組合に加入するか悩んでいる場合も多いと思います。また、日本では企業別組合が主流ですが、日本の労働組合はあまり「役に立たない」ともよく言われています。
 そこで今回は、ちょうど4月に出た新刊、『労働組合とは何か』(木下武男著、岩波新書)を素材にして、そもそも労働組合とは何か、日本の労組はじっさいにあまり役に立たないのかといった疑問に答えていきたいと思います。


労働組合の機能とは
 
 日本の労働組合法は、労働組合の目的を「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的」と規定しています。また、労働組合法は、その目的を達するための手段として団体交渉権、争議権などを定めています。
 なるほど、労働組合とは労働条件の維持改善その他の経済的地位の向上を目的とする団体だといわればその通りでしょう。労働組合は賃金など労働条件をめぐって企業と団体交渉を行うことを知っている読者も多いと思います。
 ところが、『労働組合とは何か』によれば、「労働組合の目的から、労働組合とは何かを考えようとすると、答えがわからなくなる」といいます。また、この目的という点だけから考えると、日本の労働組合がどう本来の労働組合と異なるのかも、わからなくなってしまうということです。 
 では、本当の労働組合を理解するカギは何でしょう。それは、労働組合の「機能」と、それを実現するための「手段=方法」です。
 まず、機能について著者は次のように説明します。
「労働組合の根源的機能とは「競争規制」である。労働者がバラバラにされ、相互に競争をさせられている。この状態に対して労働組合が労働者を結合させ、労働者同士の競争を規制する、これがユニオニズムに他ならない」(70頁)。
 今日の日本社会でも、仕事を求める人はたくさんおり、相互に競争しています。応募者が多ければ、賃金は需要と供給の関係から低い方向に移動していきます。そこに歯止めをかけているのが最低賃金法ですが、日本でも、最低賃金周辺の雇用が非常に多いのです。
 最低賃金以上の仕事を増やしていくには、労働者同士の競争の抑制が必須です。19世紀、労働組合を研究したことで有名なウェッブ夫妻は、競争を抑制する労働組合の機能は「共通規則」の設定によって実現すると説明しました。
 「(労働者が個別に使用者と交渉する) 個人取引」のもとでは 、労働者の生活はとめどなく悲化する 。その悪化をくい止めるにはどのようにすれがよいのか 。そこでウェッブが、当時の労働組合をつぶさに観察して探り当てた概念が「 共通規則」(コモンルール )である」(72頁)。
 賃金についての「共通の規則」が設定されれば、それ以下の仕事は許されなくなりますから、労働者間の低賃金へ向かう競争は抑制されます。その方法には、先ほども述べた最低賃金法のような「法律」という手段もあります。
 これに対し、労働組合は「集合取引」の方法によって、競争を抑制します。そして、「これこそが労働者間競争を規制する方法の中心的な位置を占めている」のです。
 例えば介護や保育といった特定の業種で、職種別の最低賃金を労働組合が業界団体と交渉して決めたとします。新任の介護士は時給1200円といった具合です。こうすれば、介護をしたい人がたくさん労働市場にいても、1000円、900円と最低賃金までさがっていくことはありません。
 これを実現するためには、もちろん前提があります。その業界の労働者のほとんどが組合に入っており、業界団体と交渉しなければ、「抜け駆け」が発生してしまうからです。だから、労働組合は同じ業種やおなじ職種でまとまって交渉する必要があるのです。
 いずれにせよ、労働組合の目的は労働条件の維持改善であり、その「機能」は「共通規則」にもとづく労働者間競争の規制であり、そのもっとも重要な「方法」は集合取引です。
 これが本書が示す「労働組合とは何か」ということの答えです。

日本の労組は役立たない?

 日本の労働組合の圧倒的多数は企業別組合です。おそらく、新入社員が加入を悩んでいるケースの多くも、企業別組合だと思います。では、日本の労働組合は、先ほどの労働組合の「目的」や「機能」、その「方法」の視点からは、どう評価できるのでしょうか。
 まず、「目的」に関しては、とうぜん企業別組合も労働条件の維持・改善を目指しています。「方法」に関しても、会社内の労働者が経営者に対して会社ごとの「集合取引」を行っています。社員の給与がどのように上がるのかなど、企業別組合は会社と労働協約によって取り決めをしています。
 このようにみると、確かに日本の企業別組合も、労働組合としての役割を果たしているようです。組合に入って集合取引に参加することで、労働条件の維持・改善ができそうに思えます。
 しかし、「機能」に着目すると、日本の労働組合は、労働者間競争を抑制するというその本質的な役割を果たしていないことがわかります。企業別組合は労働者間の競争を抑制していないからです。まず、一見して企業別組合は職種別や産業別の賃金を設定しませんから、労働者は企業間の競争に巻き込まれることがわかります。
 ある企業の賃金が1000円だとして、別の企業が900円だとします。すると、900円の企業はより安く製品をサービスを提供することができ、市場で有利に立ちます。すると、1000円の企業の労働者も、会社に「協力」して900円に引き下げることに同意せざるを得なくなってしまいます。つまり、「共通規則」が企業の中にとどまっていることで、ほとんど無効になってしまうのです。
 そうすると、労働組合もどんどん企業の利害と癒着していき、その交渉能力がなくなっていきます。実際に、私が日々経験する労働相談では、「社内の労組にパワハラを相談したが、上司に報告され、よりひどくいじめられるようになった」という相談が後を絶ちません。非常に残念なことです。結局、企業に閉ざされた交渉の「方法」が、労働組合の「機能」を発揮させないのです。
 また、『労働組合とは何か』では、特に年功賃金の問題を指摘しています。企業内の「共通規則」に思える年功賃金も、実はその競争抑制の機能を果たしていないといいます。
(年功賃金という)「この「 安定」のシステムは同時に「 競争」のシステムでもある 。「競争」のシステムは二つの仕組みからなっている 。まず 、職級は線のように描かれているが、それは幅をもった帯状の線だ。その線は上下各5%幅がある。その範囲で人事考課制度の査定がはたらく。この幅のなかで 、査定でよい評価を得ようと競争することになる」(191頁)。
 本書より引用した下の図をご覧ください。これは典型的な年功制を採用している東京電力の賃金体系ですが、年齢とともに右に行くほど、号数が上がり賃金が上がります。しかし、そのあの線の中にも上下5%の差があって、上がるか下がるかは企業が決められるということです。もちろん、その「査定」はどれだけ会社に貢献したのか、という「競争」を引き起こすことになります。
       
      『労働組合とは何か』190頁より。
 
 著者は続けて次のように指摘します。
 あと一つの「競争」は号俸のラインの進み方にある。号俸のラインを横に進んで、最後まで達して上位の職級に上がるのではない。それでは大幅な昇給はできない。実際には、いくらか進むと途中で上位の職級に上がることができるようになっている。この上位の職級へ上げるかどうかが、会社の裁量に完全にゆだねられている 。このことが決定的だ上位の職級に行けなければ昇給は遅々として進まない。この号棒における上下幅の査定と、早期の昇級を競い、他の従業員よりも早く昇進しようとして競争がなされる。このようにして企業内の労働者同士の「競争」システムができあがっている(同上)。
 このように、結局年功賃金は、労働者間競争を抑制する「共通規則」とは似ても似つかないものなのです。実際に、戦後日本社会では激しい出世競争が繰り広げられ、「過労死」を蔓延させました。日本発祥の「過労死(Karoshi)」は世界語にもなっています。
 日本で過労死が蔓延し、今日も収まらない重要な要因は、賃金に「共通規則」がないからです。そして、日本の労働組合が本来の「機能」を発揮していないことが、その理由なのです。
 さらに、共通規則の不在は労働を過酷かさせるだけにとどまりません。社内のパワーハラスメントやセクシャルハラスメント、いじめなども、上のように人事の裁量が大きいために、社員は批判できない構造ができあがっています。上の東京電力の例では、危険な原発に対し、従業員が声を上げることができなかった理由にもなったと指摘されています。労働組合の在り方は、企業の不祥事や産業の在り方とも密接に絡んでいます。

結局、労組には入るべきか?

 実は、日本の労働法は企業別組合に入ることを義務付けたり、奨励したりは一切していません。海外のように社外の労組に直接加入することは自由ですし、労働法はそうした労働組合も全面的に保護しています。
 そのため、社内労組に力ない場合には、外部労組に入ることも一つの選択肢になるでしょう。社外労組(コミュニティーユニオンや業種別・職種別ユニオン)では、賃金の未払いや解雇・雇止めに加え、パワーハラスメントなどの労働問題にも対応しています。
 とはいえ、『労働組合とは何か』が示したような「本来の労働組合」の機能は、社外労組であっても発揮できません。日本社会に広がる非正規雇用差別や「ブラック企業」の問題を解決していくためには、労働時間や賃金に対する「共通規則」を実現することが不可欠です。
 『労働組合とは何か』では、現在の労働組合を改革していく「方法」についても詳しく書かれています。労働組合を作ることや、現在の組合を改革することは、組合員の自由です。法律は労働組合の「機能」については、何も決めていません。だから、ほんとうの労働組合を作る担い手は、私たち自身だということになります。
 それではユニオニズムの創造というミッションをいったい誰が担うのだろうか。これまでみてきた歴史から、おのずと明らかだろう。担い手は一人ひとりの自覚した個人である。組織や他人から命じられたわけではない。自発的な意思にもとづく個人が、しかも、バラバラにではなく、相互に結びついた集団として自覚的に行動する。彼らこそ活動家集団(ユニオン・アクティビスト)である(274頁)。
 このような道を進むためには、現在は個人の問題や小さな企業の労使交渉を地域単位で担っている社外労組が職種別の「集合取引」を実現できるように発展することや、現在の企業別組合が職種別の交渉単位に組み込まれていく必要があります。本書では、一人一人の組合活動家の努力で、そうしたことを実現できる可能性があるといいます。
 少し長いですが、最後にその道筋を引用します。日本の労働組合に加入するということは、日本の労働組合を機能させていくために取り組むことともかかわっていることがわかると思います。
(社外の一般労組から発展する)業種別職種別ュニオンは、未来のゼネラル・ユニオンの「トレード・グループ(職種別の交渉単位)」として位置づけられる…それらが結合することで、やがてゼネラル・ユニオンの全国組織が生まれる。小さな営みはやがて大きな流れとなるだろう。
 今ある産業別の全国組織や合同労組、コミュニティ・ユニオンなどもこの方向に向けて改革をめざすことが期待される。企業別組合もユニオニズムを創造する流れに合流することだ。例えば企業別組合の中心メンバーが外部の個人加盟ユニオンに二重加盟するなどして、労働者の連帯のエネルギーを企業内に環流させることをつうじて「内部改革」は進むだろう。合同労組やコミュニティ・ユニオンも、そのなかにある業種別部会を地域的な交流や企業別組合の集合体にとどめることなく、だんだんと業種別の結集軸に発展させていくことが求められる。このことをなし得たら、業種別職種別ユニオンと、既存の労働組合の「業種別グループ」とが連携し、集団交渉も可能になるだろう。それをへて、業種・職種を結集軸にした労働組合の合同運動を展開する段階に入ることができる(272頁、()内は引用者)。
 日本の労働問題に取り組み、研究してきた筆者もこのような労働組合の改革は、日本社会を変えるために必須だと思います。ぜひ、実現できるとよいと思います。

おわりに

 今回は『労働組合とは何か』を手掛かりとして、労働組合とは何か、そして日本の労働組合の実情についてお話してきました。問題はなかなか根深いという印象を持たれた方も多いと思います。
 社内で問題があるとき、迷ったらまずは社外の労組を選択肢にいれることをお勧めします。個人の問題を解決するためには、それが一番近道です。そして、企業内に労組も積極的に活用し、問題があれば内部改革を目指していくことも長期的には重要です。私たち一人一人に、日本の労働社会の未来がかかっているのです。

▽社外労組の無料労働相談窓口
総合サポートユニオン
03-6804-7650
info@sougou-u.jp
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
ブラック企業ユニオン 
03-6804-7650
soudan@bku.jp
介護・保育ユニオン
03-6804-7650
contact@kaigohoiku-u.com
*関東、仙台圏の保育士、介護職員たちが作っている労働組合です。
仙台けやきユニオン
022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)
sendai@sougou-u.jp
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
労災ユニオン
03-6804-7650
soudan@rousai-u.jp
*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

今野晴貴
NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。11月に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』を青土社より刊行予定。その他の著書に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。


◇愛知連帯ユニオン:
労働者によるマルクス主義研究
⇒現在は掲載されていない。
▽2021年05月06日

http://aichi2rentai.xsrv.jp/?p=1618

21.本の紹介:木下武男 「労働組合とは何か」岩波新書
「あとがき」にあるように、本書は、労働運動史の専門家ではない木下先生が、アカデミズムの研究と運動現場をつなぎ、活動家が運動の展望を議論するためのツールとして、労働組合の形態転換論の観点から労働運動史を切り取り、まとめたものです。
木下先生の意図する通り、労組の活動家が最低知っておくべき歴史と知識が280ページに読みやすくまとめられています。また、第8章の2では、「日本における産業別労働組の登場」として関西生コン支部の運動とそれへ弾圧について25ページを割いて端的に記されています。
1. 本書の内容
本書の内容を少し紹介します。
ヨーロッパでの労働組合は中世市民社会の「対内的平等」と「対外的独占」を原理としたギルドをルーツにしており、それが職業別労働組合(クラフトユニオン)に進化して労働者階級の階級意識の形成が始まった。産業革命によって大量の不熟練工が生み出される中、産業別労組(あるいは産業を単位とする労組の集合体である一般労組・ゼネラルユニオンをめざす運動)が職業別労組に取って替わっていく。
米国では、最初に熟練工と自営農民となった北西欧の移民が流入した後、南東欧のから流入した第2次移民が大量の不熟練工を形成した。それは職業別労組・アメリカ労働総同盟(AFL)から産業別労働組合(CIO)、さらには「ワンビックユニオン」をめざしたIWWの結成に向かった。これに対して、企業側はアンチ・ユニオニズムの強硬な攻撃に訴えつつ、他方でカンパニー・ユニオン(従業員組織)を作り、運動を会社の中に封じ込めていった。その後、米国ではニューディール政策の中で1935年ワーグナー法が成立、産業別労組が再生していくが、ヨーロッパのような産業別労働協約体制は築けなかった。
日本の場合、熟練工の萌芽は渡り職人にあったが、高揚する労働組合運動を個別企業内に抑え込む土台となったのが欧米にはなかった企業内技能養成制度とそれに基づく年功賃金であった。ここに日本労働運動の宿痾ともいえる「年功賃金と企業内労組」の原型が形成されていった。1946年に163万人で結成された産別会議は共産党の政治主義もあって瓦解、1950年には企業内組合をまとめあげた総評に席を譲る。しかし、戦後労働運動の一時代を築いた総評は、労働者間競争を規制する産業別団体交渉の方法と制度的方法が欠落しており、1960年までに民間大企業が第二組合の結成で、その後の官公労の運動も1975年スト権ストの敗北を最後に停滞へと向かった。
1992年のバブル崩壊以降、貧困と雇用不安が日本を襲い、膨大な非(弱)年功賃金労働者と非正規労働者が生まれている。熟練工から非熟練労働者への転換が職業別労組から産業別労組の転換の土台になったように、日本は、今、企業内労組ではないユニオニズムの創造、労働市場への規制力を持つ本当の労働組合の形成をめざすべき時だ。変化は必然だが自動的ではない。組織主体の意識性が不可欠だ。
2. 若干の感想
本書が呼びかけるように、自覚的意思で結ばれた活動家集団によって、「ワンビックユニオン」をめざして、膨大な非年功賃金労働者と非正規労働者を産業別労組に組織し労働組合を再興していきたい。
歴史的なストライキはどれも単なる労働の放棄・同盟罷業ではなかった。ピケッティングのないストライキはない。労働組合の団体行動権を守り抜こう。
ヨーロッパに産業別労組が確立する過程は、歴史的には欧米列強による帝国主義の世界支配が成立していく過程であった。米国では第1次世界大戦に反対したIWWに弾圧が襲いかかり、ニューディール政策では大恐慌から脱出できずに第2次世界大戦へと向かった。
日本の産別会議は朝鮮戦争に先立つレッド・パージで壊滅させられた。現在、膨大な非正規労働者が生み出さていれる世界は、同時に世界支配のパワーシフトの進行する時代でもある。帝国主義の世界支配と労働運動の関係は、もうひとつの重大なテーマだと思う。
2021年5月6日
愛知連帯ユニオン・S

◇西日本新聞:読書
▽2021年5月27日 17:30


『労働組合とは何か』木下武男著(岩波新書、990円)
 働けど楽にならない暮らし。だが、頼りになるはずの労働組合にかつての勢いはない。その弱体化の原因は、日本に「本当の労働組合」が存在しないことにある──と説く労働社会学の第一人者が、労働運動の源流となった欧州のユニオニズムの歴史と理論を概観し、日本の労働組合の未来を構想する。

おすすめ読書館
話題の新刊や、九州ゆかりの本などを紹介します。ツイッター「西日本新聞・書評面『読書館』」(@nishi_books)では毎週木曜日、次回取り上げる書籍を紹介しています。

おすすめ読書館
『労働組合とは何か』木下武男著
2021/5/27 17:30 『西日本新聞』

働けど楽にならない暮らし。だが、頼りになるはずの労働組合にかつての勢いはない。その弱体化の原因は、日本に「本当の労働組合」が存在しないことにある──と説く労働社会学の第一人者が、労働運動の源流となった欧州のユニオニズムの歴史と理論を概観し、日本の労働組合の未来を構想する。


◇労働政策研究・研修機構:ホームページ

1. 木下 武男著『労働組合とは何か』岩波書店
(2021年3月刊,xi+288p,新書判)

「仕事がつらい」「転職しても状況は変わらない」「先が見えない」――著者はこんなときこそ労働組合が頼りになるのではないかと指摘する。労組は従来、貧しく虐げられた人たちが身を守り、生きるために闘う武器だったはずだと強調しつつも、実際には何をしているのかわかりづらいという。一番存在感を示すのは、春闘で大企業の賃上げが報道されるときだとしたうえで、日本の労組の力が欧米諸国に比べて弱いのは「世界標準の産業別組合(ユニオニズム)」の伝統が根をおろしていなかったことが影響していると分析。ユニオニズムの種は戦前の日本にも持ち込まれていたが、戦後になり育つうちに、世界であまり見たことのない土着の花(企業別組合)を咲かせてしまったと解説する。

著者は、日本でユニオニズムを創造するには、戦後続いた企業頼みの生活、企業中心の労働、家族を犠牲にした暮らしから解放され、自分の人生や仲間を大切にする生き方に転換するべきだと主張。そのために、① 労組のルーツを歴史から探る ② ユニオニズム理論を学ぶ ③ 労組の未来を構想する――などを再考するよう提案する。




【第三部】
▽2022.07.20


:アクティビスト(Activist)とは本来「活動家」を表す英語ですが、株式の世界では株主としての権利を積極的に行使して、企業に影響力を及ぼそうとする投資家を指します。




ウエッブ夫妻型労働組合論の歴史的位置
――書評:木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書、2021年3月19日)

◇栗原耕平:いのちとくらし研究所報、No.77、2022年1月号
▽2022年1月25日








  
       (全文,PDFで読めます)





ブラック企業に対抗する労使関係の構築
――(社会政策学会誌『社会政策』第9巻第3号、2018年03月30日、ミネルヴァ書房)

    

◇青木耕太郎:PDF版



  
       (全文,PDFで読めます)








【第四部】
▽2022.07.20

 





◇北 健一:facebook
▽2021年3月25日

血沸き肉躍る「歴史」、賛成し難しい「結論」


 昭和女子大名誉教授・木下武男さんの近著『労働組合とは何か』(岩波新書)を読みました。私は講演を何度も聴いてリスペクトし、研究会にお呼びいただいたこともあったので、すぐに買って読み進めました。
中世のギルドにさかのぼってルーツを探りつつ、職業別組合、一般労働組合、米国の展開という歴史を骨太にたどる記述は、象徴的場面の活写がすばらしく、敗北と勝利、無念と高揚がよみがえるようです。「働き方(労使関係)の変容→新しい課題の浮上→古い形態の組合の無力→労働組合の形態転換」という基本的視点も説得的ではあります。
他方、日本の現状への評価には、労働組合ないし労使関係の一端にいる身として首を傾げざるを得ません。戦後労働組合、とくに企業別組合は「あだ花」(p278)であり、その歴史と「完全に決別すること」(p205)が提唱されているからです。
 著者があげる東京電力の労務管理などは指弾されるべきものですがかなり特殊なケースであり、それをもって企業別組合の典型とするのは行き過ぎでしょう。年功賃金が賃下げを生み出している(p212~)というのも論拠が? 不十分ではありますが「賃上げの復活」こそ近年の労使関係の特徴ですし、本書で年功賃金の弊害とされるものは、むしろ査定、恣意的人事評価の弊害と見るべきでしょう。関西生コンや音楽ユニオンの評価は私も賛成ですが、著者の描く全体の構図はいささか一面的な感じがします。
 前半は魅力的で、個々の指摘も鋭いのに、なぜこうした「結論」に至るのか。一つの理由は、労働運動ないし労使関係の最新の分析が踏まえられていないこと(米国ではニューディール期まで、英国では第二次大戦頃まで)であり、もう一つは、日本の実際の労働組合、労使関係への目配り、実証が限定的で、企業別組合批判が決めつけになっている点にあるように私には思えます。
 著者が「あだ花」と呼ぶ、企業別組合が単組の多数をしめる日本の労働運動や産別組織、ナショナルセンターは、さまざまな課題を抱えつつも全体としてみれば大切な社会的資源です。労働組合の再生は、歴史との決別ではなく、真摯な振り返りをふくむ継承の先にあるはず。その際、本書が扱っていない海外の近年の努力はもちろん、著者には「あだ花」と映っているらしい日本の労働組合の先人たちの歩みも参考になるものが多々あると感じます。
 どんな制度にせよ、その国に根付いたものには、根付くだけの理由と事情があります。ヨーロッパの産別組合こそ素晴らしいというのはほぼ同感なのですが、企業別組合を全否定すれば解決するほど日本の労働者が直面する課題は単純ではないと思います。労働組合について真摯に書かれた著書について感じたことを真摯に書かないのは不誠実だと思い、書いてみました。
 (三木さんのコメントを受けた追記)
 上記は、全体的結論への評価を書いたもので、本書の個々的論点には深い示唆が含まれています。著者は、「労働問題は……国家の権力的統制のまえに、当事者の自主的組織化と統制によるべき」であり、「権力万能」論は退けるべしとする氏家正次郎の論を引き、「日本では道のりは遠いが、『権力万能』論を排し、労働社会における産業別の労使対抗基軸論をとり、力を蓄えていくべきだろう」(p152~3)という指摘など、強く共感しました。

⇒このfacebookでは多数の実践家を踏まえて「ツリー状態」で、発信されています。ぜひ、読み込んでいただきたい。





◇濱口桂一郎:hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
▽2021年3月25日



 2021年3月25日 (木)
木下武男『労働組合とは何か』
Kinoshita 木下武男さんの『労働組合とは何か』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b559580.html

日本では「古臭い」「役に立たない」といわれる労働組合。しかし世界を見渡せば、労働組合が現在進行形で世界を変えようとしている。この違いの原因は、日本に「本当の労働組合」が存在しないことによる。社会を創る力を備えた労働組合とはどのようなものなのか。第一人者がその歴史と機能を解説する。

しかし、本書については、「ありがとうございます」で済ますわけには生きません。

「労働組合論という今どきあまり関心を持たれない」(あとがき)テーマを一般向けの新書で取り上げたという意味では、昨年の『働き方改革の世界史』を書いた私としては、おざなりではなく、疑問点をいくつも提起しておくべきだと考えるからです。

ジョブ型雇用の希薄な日本でジョブ型労使関係をどう論ずるのかという問題意識がほぼ類似しているからこそ、そこをきちんと指摘しておかなければなりません。

本書の構成は次のようになっています。

はじめに
第一章 歴史編1 ルーツを探る――「本当の労働組合」の源流は中世ギルドにある
 1 労働組合の遠祖・ギルドの原理
 2 中世市民社会と日本でのその不在
 3 職人組合から労働組合へ
第二章 歴史編2 「団結せよ、そして勤勉であれ」――職業別労働組合の時代
 1 近代市民社会の形成と論理
 2 初期労働組合の形成
 3 産業革命と労働者の階級形成
 4 職業別労働組合の確立
第三章 分析編1 労働組合の機能と方法
 1 労働組合とは何か
 2 労働組合と政党
第四章 歴史編3 よるべなき労働者たち――一般労働組合の時代
 1 新労働組合運動(ニュー・ユニオニズム)の台頭
 2 一般労働組合の基盤と組合政策
 3 労働組合の形態転換と労働政治
第五章 歴史編4 アメリカの経験――産業別労働組合への道
 1 労働運動の二つの潮流
 2 職業別組合の限界と産業別組合の挫折
 3 労働者の企業別分断と産業別組合の対抗
第六章 分析編2 いかにして社会を変えるのか――ユニオニズムの機能
 1 産業化の新しい段階と産業別労働組合
 2 労働組合機能の発展
 3 産業別組合組織と産業別統一闘争
第七章 歴史編5 日本の企業別労働組合――日本的労使関係の形成・衰退
 1 戦前第一期――「渡り職工」と横断的労働市場
 2 戦前第二期――戦前期労働運動の高揚と弾圧
 3 戦前第三期――日本的労使関係の戦前期形成
 4 戦後第一期――労働運動の高揚と日本的労使関係の形成(一九四五~六〇年)
 5 戦後第二期――企業主義的統合と労使協調の労働組合(一九六〇~七五年)
 6 戦後第三期――労働戦線統一と総評解散(一九七五~九〇年)
 7 戦後第四期――戦後労働運動の危機とユニオニズムの創造(一九九〇年~)
第八章 分析編3 日本でユニオニズムを創れるのか
 1 時代の転換と働く者の悲惨――雇用不安、貧困、過酷な労働
 2 日本における産業別労働組合の登場
 3 ユニオニズムの主役はどこにいるのか
 4 ユニオニズムの創り方
あとがき
参考文献

第1章から第4章までは主としてイギリスを舞台に展開します。拙著ではウェッブ夫妻の本で説明したトレード型の「集合取引」の世界です。

第5章はアメリカに舞台を移します。ジョブ・コントロール・ユニオニズムの世界です。

しかし、話はそこで終わってはいないのです。

イギリスはその後、労働組合のコントロールの及ばないショップスチュワードの世界が展開し、それが政治問題になり、それがちょうど拙著ではアラン・フランダースの本で説明した辺りですが、その後サッチャーの手で労働組合に壊滅的な打撃が加えられ、労働組合による集団的決定の世界は非主流化してしまいました。今のイギリスはむしろノンユニオン型です。

アメリカはその後、ジョブコントロールユニオニズムが行き過ぎて、経営側の攻撃の前にどんどん縮小していきます。拙著ではブルーストーン親子の本で説明したところですが、今のアメリカもメインストリームはノンユニオンです。

そこのところが、本書は明示的に書かれていません。

敢えて言えば、半世紀前に書かれた労働運動史みたいです。当時の労働史研究では、なんといっても断然イギリス、次いでアメリカ、その余はおまけみたいな感じでしたからそれでいいでしょう。でも2021年に出す本でもそれでいいのかというのが最大の疑問です。

実は、以上の次の第6章の分析編では、現在の産業別組合の機能が説明されていますが、そこで登場するのはドイツです。いやそれはわかります。いま現在、産業別組合が業界団体と協約を結んでその職種別賃金が各企業に適用されるなどという仕組みが大々的に行われているのはドイツなど大陸ヨーロッパ諸国なのですから。でも、その歴史は歴史編にはほとんど登場しないのです。

ここに、私は本書の一つ目の問題点を見ます。半世紀前の英米労働史中心史観のままでは、現在の世界の労使関係状況を分析できないのではないかということです。そしてそれはもう一つの大きな論点につながります。

なぜドイツ始めとする大陸ヨーロッパ諸国は産業別労働条件決定システムを維持しているのか。人によっていろいろ議論はあると思いますが、まちがいなく事業所委員会などの企業内従業員代表制が企業内のことを担当してくれているから、安心して企業の事情に引きずられない産別決定が可能になっているのではないかと思うのです。この話が、本書では欠落しています。むしろ、従業員代表制がアメリカでは会社組合とされ禁じられてしまうがゆえに、安定した企業レベルと産業レベルの分業体制が構築できず、今日のノンユニオン型に陥ってしまったのではないか、ということを考えれば、これは極めて大きな問題です。

この世界の労使関係の歴史における認識のズレが、本書後半における日本の歴史にも現状分析にも影を落としているように見えます。議論の軸が大幅にずれているのです。

敢えて言えば、ジョブ型とメンバーシップ型の軸と、政治志向における左派と右派の軸が混交してしまって、分析が濁っているように見えます。終戦直後の生産管理闘争を遂行した極めて急進左派的な産別会議は、その実相においては産業報国会の嫡子であり、その後の産別民同を経て総評、連合に流れ込むメンバーシップ型の企業主義的労働運動の中心なのです。むしろ、戦前の企業外的運動を受け継ぐ総同盟の方がジョブ型に近い感覚を残していました。

このあたりは、先日遂に終刊してしまった『HRmics』に、沼田稲次郎の『現代の権利闘争』を引用しつつ論じたところであり、また昨年なくなった桝本純さんのオーラルヒストリーの中で彼が力説していたところでもありますが、ここでは前者から沼田の鮮烈な分析を引用しておきましょう。

「戦後日本において労使関係というもの、あるいは経営というものがどう考えられているかということ、これは法的意識の性格を規定する重要なファクターである。敗戦直後の支配的な規範意識を考えてみると、これにはたぶんに戦争中の事業一家、あるいは事業報国の意識が残っていたことは否定できないと思う。生産管理闘争というものを、あれくらい堂々とやれたのは極貧状態その他の経済的社会的条件の存在によるところにちがいないが、またおそらくは戦時中の事業報国の意識の残存であろうと思われる。事業体は国に奉仕すべきだという考えかた、これが敗戦後は生産再開のために事業体は奉仕すべきだという考え方になった。観念的には事業体の私的性格を否定して、産業報国とそれと不可分の“職域奉公”という戦時中の考え方が抽象的理念を変えただけで直接的意識として労働関係をとらえた。」
「すると、その経営をいままで指導していた者が、生産サボタージュのような状態をおこしたとすれば、これは当然、覇者交替だったわけで、組合執行部が、これを握って生産を軌道にのせるという発想になるのがナチュラルでなければならない。国民の懐いておった経営観というものがそういうものであった、経営というものは常に国家のために動いておらねばいけないものだ。しかるにかかわらず、経営者が生産サボをやって経営は動いておらない。これはけしからん。そこで組合は、われわれは国民のために工場を動かしているんだということになるから、生産管理闘争というものは、与論の支持を受けたわけでもあり、組合員自身が正当性意識をもって安心してやれたということにもなる。」
「たとえば組合専従制というもの、しかも組合専従者の給与は会社がまるまる負担する。組合が専従者を何人きめようが、これは従業員団であるところの組合が自主的にきめればいいわけである。また、ストライキといっても、労働市場へ帰って取り引きする関係としてよりも、むしろ職場の土俵のなかで使用者と理論闘争や権力の配分を争う紛争の状態と意識されやすい。経営体としてわれわれにいかほどの賃金を支払うべきであるかという問題をめぐって経営者と議論をして使用者の言い分を非難する-従業員としての生存権思想の下に-ということになる。課長以下皆組合に入っており、経営者と談判しても元気よくやれた。ときには、「お前らは戦争中うまいことやっていたじゃないか」というようなこともいったりして、経済的というよりもむしろ道義的な議論で押しまくった。団体交渉の果てにストライキに入ると、座り込んで一時的であれ、職場を占拠して組合の指導下においてみせる。そして、経営者も下手をすれば職場へ帰れないぞという気勢で戦ったということであろう。だから職場占拠を伴う争議行為というものは、一つの争議慣行として戦争直後は、だれもそれが不当だとは考えておらなかった。生産管理が違法だということさえなかなか承服できなかった。職場、そこはいままで自分が職域奉公していた場所なのだから、生産に従事していた者の大部分がすわり込んで何が悪いのか。出ていけなんていう経営者こそもってのほかだという発想になる。」
生産管理闘争をやるくらい急進的な企業主義的組合だからこそ、それが左右のベクトルを変えれば生産性向上運動に邁進する企業主義的組合にもなるという、このメカニズムこそが、戦後日本の労働運動史を理解するための鍵なのです。民間労組が協調化した後、なお左派運動をやっていた公的部門の労働運動も、国労にせよ全逓にせよみんなやたらに大きな企業別組合なのであって、なんらジョブ型ではなかったし、政治的に潰されると見事に民間型の企業主義的組合になったのも、政治的論評はともかくとして、労働組合としての本質はなんら変わっていないとしかいいようがないのです。

ここは、現代日本の労使関係を論ずる上でのキモになるところだと思うので、きちんと指摘しておくべきだと思います。






◇兵頭淳史(専修大学):WEB版――労働者教育協会 教育理論研究会
▽2021年09月04日
木下武男著『労働組合とは何か』(岩波新書、2021年3月刊)をめぐって
報告:兵頭淳史(専修大学)












    【第五部】
    ▽2022.07.27
   

   



▽2022.07.27
 


  
       (全文,PDFで読めます)






◇は じ め に



 「歴史の未来をその手ににぎるもの」、それは労働者階級であり労働組合である。ある労働組合入門書にこうあった。それは孫悟空のごとく「自由自在に天地をかけめぐり、もろもろの怪物を退治」する、そして世界をつくりかえるだろう。それはレオナルド・ダ・ビンチのように人類の文化の発展に貢献し、組織の力によって創造的に活動するだろう。そこには、このように書かれていた。
 ところが、歴史の未来どころか、近代社会のごみ箱のような労働組合の話もある。アメリカのAFL=CIO (労働組合中央組織) から除名されたチームスター・ユニオン(フルネームはアメリカ馭者・運転手・倉庫労働者・助手国際友愛会) をめぐる汚職と暴力の物語りだ。組合のいうことをきかないパン屋にダイナマイトを放り込む。協約に応じない使用者の店に火焔びんを投込み、トラックのガソリンタンクに砂糖を入れる。一部の行過ぎでこんなことが起こったわけではない。組合長ホッファは公然と「暴力を使うことは否定しない」とのべているのだ。アメリカの暗黒街と労働組合との腐れ縁は、いまだに尾を引いて続いているらしい。そういえば有名な夜の大統領カポネがシカゴの労働組合の大部分を支配していた時代だってあったのだ。
 また、先日のテレビにこんなのがあった。「イギリス――伝統と革新」という題の特派カメラマンの記録である。自動車工業と新聞事業を引合いに出して技術革新はどんどん進んでいるのに、労働組合がクラフト・ユニオン(職能別組合)の伝統を守っているために、労働者の配置や作業体系をそれに即応させることが出来ないというのだ。テレビは新聞梱包機械の前で悠々と煙草をすっている労働者の退屈し切った表情と、職種のちがいからごく僅かな仕事を何人もの労働者で仕上げている作業情景をうつし出していた。産業・経済の進歩の阻害者、それは労働組合だというようなことだった。
 同じものが見る人の置かれている立場によってバラ色にもなれば灰色にもなるといったことは随分たくさんある。なにも労働組介だけには限らない。たしかに労働組合はその最たるもののうちの一つではあるだろう。労働者にとっては、それこそ未来はそこから開かれるようにも思えるし、資本家にとっては全くの邪魔ものであるかもしれないからだ。こういういわば立場のちがいによる見方の相違ということは実際にあることだ。
 しかし、そういう相違を内包しながら、なお労働組合ほど国や時代や環境、条件によって違った役割とあり方をしているものは少ないだろう。同じく労働組合と呼ばれているものが、全く正反対の機能(仕事)を 発揮している場合さえ少なくないのだ。
 そういうことを考えていくと、一体、労働組合とは何なのだろうか、と思われてくる。それは「歴史の未来のにない手」であったり、汚職と暴力と暗黒の巣であったり、また進歩と繁栄の阻害者であったりするが、そこはどう考えたらいいのだろうか。
 いや、そういう世界にまたがる問題よりも、この日本で労働組合は果して何であり、また何でなければならないのだろうか。
 労働組合について書かれた書物はもう随分ある。それぞれに立派な内容をもっているものも多い。しかし、それらを読んで感ずることは、このような根本的な開いには答えてくれないということだ。そんなことは問題にもならないことなのだろうか。
 だが、実際に労働運動の中にあり、そこで何をしたければならないかを考える時、このような問題が常に待ち受けているように思われる。それは形にならない疑問、意識化されない問題であるかもしれない。それにしても、これは日常不断に解答をせまってやまない問題のように思われてならない。
 これまで、僕は僕なりにそういう問題に随分ぶつかってきた。労働組合とは何か? を真正面から考え直してみなければならないと感じたいくっかの体験もあった。
 それを一つ一つ引出して考えて見よう。そうすることによって、たとえ労働組合をめぐるあらゆる問題に明快な解答をあたえられなくても、一の出発点はきずくことは出来るかもしれない。それは問題をとく手がかりになるかもしれない。
 おそらくそれは啓蒙的な“解説”や、明日から役立つ“手引き” とは違うが、問題の根本を見つめることを通じて、さまざまな判断と行動を導き律していくためにはぜひとも必要なことなのではなかろうか。



 




⇒以下、工事中!



 

 





   
   




▽工事中。
◇[レイドロー報告]・協同労働をめぐっての論評
2021年6月17日 (木):現代「労働問題・労働組合運動」に関する4冊の本。



 
▽2021.02.09
 




シーアンドシー出版の関連出版物
   
●『協働の未来に光あれ! パラマウント製靴の歩みと労働者生産協同組合へ』(パラマウント製靴共働社の石井光幸さんが編集した。シーアンドシー出版刊、1995年8月、B5判並製、400頁)
●『皆でたたかった50年――全日自労三重県本部の歴史』
全日自労三重県本部・協同総合研究所編、
シーアンドシー出版、1996年
46判上製
●『AARPの挑戦-アメリカの巨大高齢者NPO』
日本労働者協同組合連合会編
シーアンドシー出版
1997年10月、定価2,000円 (税別)、46判:257p







仕事おこしのすすめ 池上惇著
  シーアンドシー出版・協同総合研究所、1995年3月
  (PDF完全復刻版)


  1933年 大阪市生れ。
  1956年 京都大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科、同助手、助教授を経て、
  現 在(当時) 京都大学経済学部教授・経済学博士・文化経済学会会長・財政学会理事・全国共同作業所連絡会顧問。その後福井県立大学大学院経済・経営学研究科教授、京都橘女子大学(現・京都橘大学)文化政策学部長・教授を歴任
 
  著 書 『地方財政論』(同文舘)、『管理経済論』(有斐閣)、『情報化社会の政治経済学』(昭和堂)、F人間発達史観』(青木書 店)、『福祉と共同の思想』(青木書店)、『経済学一理論・歴史・政策-』(青木書店)、『財政学』(岩波書店)、『文化経済学のすすめ』(丸善ライブラリー)、『生活の芸術化』(丸善ライブラリー)、『経済学への招待』(有斐閣)ほか多数。

  • 目次

  •   序 章 仕事おこしと協同組合
    ――労働者協同組合運動の展望によせて

     一 協同組合の原点と新たな位置づけ

     ◇協同組合運動の誕生 
     ◇働くものの生活を総合的に支援する仕事おこし運動 
      ――協同組合運動の基本的な特徴
     ◇悪徳ビジネスとの競争に勝てる条件を考えよう 
     ◇公正競争の権利・生存権保障・人間発達の権利、そして、情報化社会

     二 仕事おこし・地域づくり運動の現代的意義

     ◇「よい仕事」をおこす運動の発展 
     ◇「仕事おこし・地域づくり運動」の公共性

      第一章 日本における仕事おこし運動

     はじめに
     ――仕事おこし運動の今日的意義

     一 戦前の仕事おこし運動

     ◇協同組合運動として 
     ◇賀川豊彦のマルクス論 
     ◇「雇われもの意識の克服」
     ◇ラスキンから現代的に学ぶ 
      「主体的な人間の発達」
      当時の仕事おこしの実践例
      映画制作の意味

     二 生産協同組合の仕事おこしとは何かl

     ◇消費者欲求と結んで 
     ◇生きがいをもてる仕事の回復 
      ――生産協同組合の再生
     ◇生産協同組合はむずかしい、との指摘 
     ◇生活様式の変化と結んだ独自の方向 
     ◇全組合員で運営する経営

     三 現代の仕事おこし運動の可能性

     ◇生きがいをもてる仕事の回復 
      ――ドラッカーの指摘
     ◇ほんもの志向と対人サービスの増大 
     ◇素人から始め専門職を育てる 
     ◇まちづくりの視点と結びついた協同の運動 
     ◇多様な専門家の必要性の増大 
     ◇教育と福祉でまちおこし 
     ◇新社会資本レベルの活用 
     ◇まちづくりと農村とも交流して 
     ◇「よい仕事」と公的支援の追求の重要性 
     ◇不況から脱却へ

      第二章 現代の協同労働の可能

     一 現代の疎外と労働状況

     ◇疎外状況の広がり
     ◇「人間は馬より劣っている」か

     二 協同組合発展の基礎を考える

     ◇消費者の生きがいと結び
     ◇生協が日本で伸びた理由
     ◇生活の質を変える欲求の高まり
     ◇協同組合の高揚の意義
     ◇公共と自治体からの支援の高まり

     三 労働の人間化と協同労働

     ◇労働の人間化
     ◇「情報の共有化」とネットワークづくり
     ◇潜在能力の発揮と協同組合労働

      第三章 労働者協同組合と人間発達

     一 非営利組織における人間の問題

     ◇障害者運動から生まれた発達論 
     ◇自力で学習できる環境づくり
     ◇発達段階に応じた適切な援助 
     ◇人間の交流は対話から 
     ◇非営利団体での人間発達とは? 

     二 組合をダメにする11のカギ

     ◇人間発達に逆行する「11のカギ」 
     ◇相互交信できるコミュニケーションを 

     三 仕事の発見と「社会の記憶」

     ◇価値観を転換するキーワード…
     ◇実践が「社会の記憶」をつくり出す 
     ◇「社会の記憶」は人間と組織の発達の基盤 
     ◇「社会の記憶」と共に情報の活用を

     四 能率と民主主義の両立にむけて

     ◇自らの労働のあり方を研究する運動
     ◇労働と教育を運動で結ぶ
     ◇労働者協同組合運動は国民発達保障の労働 
     ◇発達を保障する「委員会」活動 
     ◇情報機器の積極的な活用 
     ◇新しい組織論発展の契機

      おわりに
       ――仕事おこし運勤と社会改革

     一 仕事おこしと新しい時代――雇われもの根性の克服
     二 国民の生活様式の変化
     三 「生きがい」をつくりだす芸術文化の仕事おこし
     四 新しい地域をつくるために
     五 労働者協同組合運動の発展のために







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編集人:飯島信吾
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UP 2022年07月27日 
更新 2022年07月30日
更新 2022年08月02日