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闘い、それが生きる希望を切り拓く

○○○○○○○○○○○○○○○小越洋之助のページ

「東京争議団物語」、そしてその後‼ へようこそ。

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2023年11月05日
◆小林雅之著――「品川地域を原点として――青春とロマン 私が歩んだ労働組合運動」――(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、「私が歩んだ労働組合運動編集委員会編集・発行 目黒区鷹番3-1-1 石田ビル302目黒労協内、2017年11月1日)    
写真で見る「全金カコストロボの争議」
「公共一般の組織と戦略構想はどのように準備されたか~都区一般創成期のオルグ聞き取り~」(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、季刊 Theorist」、編集・発行 東京公共一般労働組合、2018年3月1日)
2023年9月30日
◆小林雅之著――東京争議団運動のDNAたっぷりの労働組合組織づくりを描く――『上を向いて歩こう』(本の泉社、2008年7月)  (PDF版)(クリックして)    
個人別組合と企業別組合――企業社会を乗り越える労働運動の創設を ――第52回東京労働争議研究会:報告〔『労働法律旬報』、No.1541、2002年12月10日〕
            2018年5月 7日 (月):公務公共一般労組づくりと職種別労働組合運動の構築へ――「ある編集者のブログ」に掲載。    「いつも現場で語りあえた人●小林雅之」(追悼文集:『今崎暁巳さんと私』(A5判、132ページ、2011年6月4日  
2023年7月15日+2019年12月01日
◆映画「ドレイ工場」は全金日本ロールの現場の闘いを映画化したモノ。その原作の一つは『もえひろがる葛西の火』(総評・全国金属労働組合 全金日本ロール支部編、1969年9月15日)だった。◆「ドレイ工場 たたかう労働者の長編劇映画」で全国へ――「ドレイ工場シナリオ」(山本薩夫・武田敦監督、1968年、労働旬報社)。「ドレイ工場 ●東京争議団物語より 戦う労働者の長編劇映画シナリオ」、(1966年1版、労働旬報社)
2019年12月01日
◆『東京争議団共闘の15年一ほんものの労働組合をつくるたたかい』(市毛良昌・佐藤一晴、労働旬報社、1976年)。最初、中林賢二郎先生が編集していた『危機における労働運動, 労働運動史研究58号』(1976年 労働旬報社)に所収したもの。1970年代から80年代にかけて、東京争議団運動の進路を激励した論文。
2019年12月01日
◆1960年代から始まった東京争議団――「闘う労働者のど根性」( 労働旬報社、1963年9月)。
2019年12月01日
◆『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』――(山岸一章著、太郎書店、1967年)――この本が高度成長期の日本において「産業別個人加盟労働組合組織化」を描いた初めての本。うずもれている歴史から新たな光を!
2019年12月01日
◆『砦にひるがえる 勝利の旗 正路喜社闘争九年の総括』――(正路喜社労働組合支援共闘会議編、1967年2月)――のちの『東京争議団物語』を書いた佐藤一晴さんたちの奮闘記。
2019年12月01日
◆『東京争議団物語』(東京地方争議団共闘会議編、労働旬報社、1965年)――「闘う労働者のど根性」以後の経験を総括し、あらたな前進の武器にすることをめざして、全争議団で組合員の手記を書く運動を進め、一年ごの一九六五年夏、『東京争議団物語』が出版された。このルポルタージュも、けっして理論的に整備されているとは言えないし、混迷の跡も多く残っている。
しかし、大討論集会からの一年の歳月とその間の情勢の変化、大衆的総括運動の健康な反映、執筆過程で徹底した。
2019年12月01日
◆「ドレイ工場 たたかう労働者の長編劇映画」で全国へ――「ドレイ工場シナリオ」(山本薩夫・武田敦監督、1968年、労働旬報社)。「ドレイ工場 ●東京争議団物語より 戦う労働者の長編劇映画シナリオ」、(1966年1版、労働旬報社)
2019年12月01日
◆1970年代向かって、新たな青年たちの闘い――『コブだらけの勝利』(全国一般神奈川地本油研分会、今崎 暁巳著、労働旬報社、1969年)。『良心の歴史をつくりた』(報知新聞労働組合、報知印刷労働組合、報知印刷大阪労働組合編、労働旬報社、1970年)。
2019年12月01日
1970年代~80年代へ、主な東京争議団運動関連の出版物――『争議組合物語 828日の日本製紙闘争』、『早く高く勝利を 報知闘争の記録』、『石流れ木の葉沈む日々――三菱樹脂・高野事件の記録』、『大映 ふたたび不死鳥は翔ぶ―経営再建・映画復興への挑戦』、『めしと団結 大阪生コン労働者の闘争』など。
2019年12月01日
◆ベストセラー『どぶ川学級』(須長茂夫著)の誕生――全金日本ロールの闘いの中で。映画「どぶ川学級」で日本全国へ 。
2019年12月01日
◆感動を呼んだ、『友よ! 未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語』など日本フィル闘争3部作!(今崎 暁巳著)と映画化.
2019年12月01日
争議団運動めぐる図書と研究者・運動家の発信      「労働者の闘いの記録――神奈川の事例を中心として」(光岡博美、駒沢大学教授、駒沢大学経済学論集、第11巻第3・4号)
「ニチモウキグナス労資紛争史 1 :  70年代における企業合理化と労働組合運動」→2、3、4へ(山本興治 下関市立大学、下関市立大学論集、公開日 2010-03-03)           
「大映研究序説 ――映画臨戦体制と大映の創設」(井上雅夫、立教経済学研究第64巻第3号、2011年)           
造船産業合理化から地場産業を守る闘い 元全日本造船機械労働組合中央本部書記長 大河内俊雄、静岡社会文化協会 
2020年07月07日
果敢に挑戦した「大企業の労働問題・労使関係」
『三菱帝国の神話』 (今崎暁巳著、1977年)、『松下王国の神話』(橋本・中山著、1978年)、『ドキュメント東京電力  その栄光と影』(山本忠利, 渡辺利夫, 正木浩三、労働旬報社, 1980年7月)、『ドキュメント 日本航空』(今崎暁巳著、1982年9月)、『関西電力の誤算 上』 (大谷昭宏事務所関電争議取材班、労働旬報社, 2002年7月)、『関西電力の誤算 下』 (大谷昭宏事務所関電争議取材班、労働旬報社, 2002年7月)
2020年07月07日
まともな労働組合運動への共鳴!
『青い鳥はどこへ―日産厚木除名・解雇事件』 (青木慧 著、1980年12月)、『雪とふきのとう : 雪印の陰謀を追って』(門倉詇 著、1981年11月) 、『ドキュメント 日本航空』(今崎暁巳著、1982年9月)、『自立する労働運動―知られざるインフォーマル組織』(吉村 宗夫著、 1983年4月) 、『自己革新の旅 : こころの時代の労働組合』(深井建二・西日本新聞労組委員長著、労働旬報社、1985年3月)、『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(中西五洲著、労働旬報社、1986年2月)、 「関西生コン労働組合運動の歴史と到達点――業種別支部型労働組合運動が切り開いたもの 」(新しい労働組合運動の模索―2―他人の痛みはわが痛み)、武 建一、「賃金と社会保障」 847号、 1982年08月、『私の選択 あなたの未来 プロレタリアートへのメッセージ』 (寿岳章子、小林康二ほか編、全大阪金属産業労働組合20周年記念、労働旬報社、 1987年11月)『協働の未来に光あれ! パラマウント製靴の歩みと労働者生産協同組合へ』(石井光幸・パラマウント製靴共働社、シーアンドシー出版刊、1995年8月、B5判並製、400頁)、『皆でたたかった50年――全日自労三重県本部の歴史』(全日自労三重県本部・協同総合研究所編、シーアンドシー出版、1996年)
「『皆でたたかった50年―全日 自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって」(手島繁一、協同の発見、1996年6月、51号)。

(まだ続く)




  
◆以下、ご自分のPCを「125%」に拡大して、読むことをお勧めします。
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   ▽2019.10.23
   




 
▽2019.10.23
 



◇「労働運動史研究58号」(労働旬報社刊、1976年1月)

 
 『危機における労働運動I その前進と後退』を特集するにあたって
 ◆中林 賢二郎

 わが国をふくめて、現在、高度に発達した資本主義国のすべてにわたって一様に看取できるのは、深刻な政治的・経済的危機である。
 危機の深刻さは、資本主義発展史上、かつてないもののように思われる。その経済的危機は、明らかに、六〇年代に国家独占資本主義の諸機能を全面的に行使することによって異常なまでに推進された独占資本主義経済の「高度成長」の必然的結果としての、「循環的危機」の性格をもっている。このことはもはや疑いをいれないところであるが、しかし現在の危機はそれにとどまるものではない。周知のように六〇年代の高度成長は、国際通貨機構と低価格の石油という二つの柱によって支えられていたのであるが、これらの二つの柱はともに失われてしまった。まさしく現在の危機は、こうして生じた「構造的危機」が「循環的危機」に折り重なることによって生まれたものであるだけに、とりわけ深刻さの度を加えている。
 そして各国に一様にみられる政治的危機も、こうした土台のうえに生じているのである。
   (中略)
 最後の市毛良昌、佐藤一晴両氏の論文は、争議団の中心的な指導者であった著者たちによる、東京争議団一五年のたたかいの歴史的総括である。総評や春闘共闘の運動の発展を背景にしながらも、それらとは相対的に独自の運動を形成してきた「争議団」が、総評や春闘共闘ではとうてい獲得できず、また考えることすらできなかったような大きな成果をかちとってきたことのうちに、読者は七〇年代の労働運動の強さをみるとともに、そこにこんごの労働運動の発展・強化の道についていくつかの示唆をくみとられるものと確信する。(法政大学社会学部教授)

    (以下のページで全文が読めます)
  
   





    
   ▽2019.10.19
     ◆PART《Ⅰ》
   




 ▽2019.10.25
 

             (労働旬報社刊、1963年9月)
         


◇はしがき

 
 東京地方争議団共闘会議がたん生して、一年たちました。
 この間、東京地方の百をこす争議団は、相互に交流、支援をつよめながら、激励しあい自分たちのたたかいについて討議しあってきました。とくに、東京地評と共催で闘いた、四度にわたる討論集会では、単産 、地評、地区労の諸先輩にも出席していただいて、いろいろな面から、いかにだたかうべきかを探ってまいりました。
 これらの一年にわたる活動のしめくくりとして、現在の独占のファッショ的政治反動 と全面的合理化攻撃に対決しなければならない、「新安保体制下の“現代争議″」の諸特徴、克服すべき弱点、きりひ らいてきた展望 などを 、すこしでも明らかにできれば、と考えてこのパ ンフを作ることを考えました。

 作業を終ってみて、“現代争議団″が、各単産、地評、地区労の中に蓄積されてきた多くの労働者の不屈なたたかいの教訓を正しくうけつぎ、発展させ得ているのだろうか、あらたなたたかいの展望をきりひらいていくらかでも前進しているのだろうか、また、 “現代争議団″の多くの仲間たちの姿、そこから学ぶべきものを正しく伝え得ているのだろうか、自信のないことばかりです。
 労働運動の諸先輩、また、それぞれの部署で激しく敵と対決している仲間たちの、きたんのないご批判を 心からまちのぞんで います。
 このパンフの発行が契機 となって、討論がおこされ、たたかいの前進のかてになり得れば、これにまさるよろこびはありません。
 なお、このパンフを発行するに当って並々ならぬお世話を頂いた上部組織、各争議団、および弁護士・学者の方々に、この誌上をかりて、厚く御礼申し上げます。
  一九六三年九月十日


 ▽同書で掲載された、争議団のたたかう写真。
 
 
 

 
    
     (以下のページで全文が読めます)
  
   




 
▽2019.11.30
『たたかう個人加盟労働組合 : ルポルタージュ』(山岸一章著、太郎書店、1967年)――この本は高度成長期の過程で、日本において「個人加盟産業別労働組合組織化」を描いた初めての本。うずもれている歴史に新たな光を!
 
   

  







  
     (以下のページで全文が読めます)
  
   
 







▽2019.11.30
『砦にひるがえる 勝利の旗 正路喜社闘争九年の総括』(正路喜社労働組合支援共闘会議編、1967年2月)――――のちの『東京争議団物語』を書いた佐藤一晴さんたちの奮闘記。
 
   

  










  
     (以下のページで全文が読めます)
  
   
 







   




 
▽2019.10.23
 

             
         


◇旬報社の紹介より

 
1962年5月「東京地方争議団共闘会議」が結成された。首都・東京の片隅で解雇反対闘争を孤立無援で歯をくいしばって闘っていた30余りの中小争議団が「共闘方式でたたかおう」を合言葉に、連帯を獲得し、裁判・地労委闘争、東京総行動、連帯ストなど、闘争戦術を発展させて職場復帰、和解勝利した報告。映画「ドレイ工場」の原作。

◇「東京争議団の15年」より.

 「闘う労働者のど根性」以後の経験を総括し、あらたな前進の武器にすることをめざして、全争議団で組合員の手記を書く運動を進め、一年ごの一九六五年夏、『東京争議団物語』が出版された。このルポルタージュも、けっして理論的に整備されているとは言えないし、混迷の跡も多く残っている。
 しかし、大討論集会からの一年の歳月とその間の情勢の変化、大衆的総括運動の健康な反映、執筆過程での徹底した討論、日本共産党の九中総四・一七自己批判の影響などにより、従来の弱点は事実上克服されてきていた。この本の構成は、第一章争議を生み、たたかいを前進させる客観的条件としての「合理化」攻撃の実態、第二章は他の労組や住民各層との統一を前進させた実践的教訓、第三章は争議団内部の大衆的統一の創造過程、という内容になっていて、職場の実態にあらわれた客観的条件に眼をむけ、要求を重視し、統一が力であるという観点が貫かれようとしている。そのうえ、数多い争議組合のさまざまな実践を報告して、主題に光をあてる構成になっているために「ど根性」のせまさは克服されて、涙と笑いに満ちた争議団の活動が生き生きと報告され、多くの読者の胸をうった。いわば「黄金伝説」あるいは「新編義士銘々伝」であり、六〇年代前半という谷間の時期の労働組合運動の階級性をささえた、血みどろの献身的奮闘や、凄まじいまでの戦闘性とそれにささえられた大衆的で創造的な運動か鮮やかに反映していた。
 この『東京争議団物語』は、今日まで11版を重ね四万部をこえて発行され、やがて長編劇映画「ドレイエ場」にも結実して、争議団の闘争が社会的支持を得る上で大きな役割りを果たした。(「東京争議団の15年」、148p-149p.)



 
    
     (以下のページで全文が読めます)
  
   







◇「ドレイ工場 たたかう労働者の長編劇映画」で全国へ
 
◇上が「ドレイ工場シナリオ」(山本薩夫・武田敦監督、1968年、労働旬報社
下が「ドレイ工場 ●東京争議団物語より 戦う労働者の長編劇映画シナリオ」、(1966年1版、労働旬報社)


 
 東京地方争議団共闘会議が編集し労働旬報社が刊行した『東京争議団物語』をもとに、武田敦が小島義史とともにシナリオ化し映画化。武田が監督も務め、山本薩夫が総監督を担当した。  
 成長を続ける関東鉄工では、安い賃金と劣悪な労働環境により、労働者たちが抑圧されていた。労働者たちは秘密裏に労働組合を結成しつつあったが、そんな中、林が慣れない作業により天井から落下、死亡してしまう。同僚の谷山は組合に参加、全国金属労働組合関東鉄鋼支部が結成を宣言した。
 すでに動きを察知していた会社側は組合の副委員長を務める塚本を買収し、会社により近い組織となる第二組合を立ち上げる。会社側からの不当な圧力を受け、全金は弱体化してしまうのだったが…。






 2023.07.15
映画「ドレイ工場」は全金日本ロールの現場の闘いを映画化したモノ。その原作の一つは『もえひろがる葛西の火』(総評・全国金属労働組合 全金日本ロール支部編、1969年9月15日)だった。
以下にその案内と佐竹五三九さんなどと関係の一端を書いておいた。

▼2017年9月24日 (日):映画「ドレイ工場」完成50周年記念上映会のご案内


 映画「ドレイ工場」が完成して、来年2018年で50年が経ちます。これを記念して、下記のとおり、記念上映会を行います。多くのみなさんのご来場をお待ちしております。

 日時 2017年11月18日(土)
     ①10:30、②13:45
     *あいだに主催者、出演者等のごあいさつを予定
 会場 四谷区民ホール(東京メトロ新宿御苑前駅下車5分)
 入場料 1000円
 予約 メールをください(折り返し、予約番号をご連絡します)
 呼びかけ人:
        小田川義和(全労連議長)
        森田稔(東京地評議長)
        三木陵一(JMITU委員長)
        川田泰志(JMITU日本ロール支部委員長)

        生熊茂実(金属機械反合闘争委員会委員長)
        藤野戸護(共同映画株式会社代表取締役)
 要宏輝さんのfacebookへ。

 この映画のシナリオ編は共同映画社と全金・労働旬報社の先輩たちが作っていました。
 その後、『どぶ川学級』を書いてベストセラーになった須長茂夫さんも頑張りました。

 映画製作責任者の佐竹五三九さん (全国金属書記長・当時)はキップのいい労働組合指導者で、1970年代の春闘高揚期に渋谷の駅から歩いて取材にいき、インタビューをしたり、原稿をいただきました。
 戦後の総同盟左派・高野実さんの指導方針について、歴史的に教わった思いがあります。
 また、単産研究会聞き取り『全国金属の研究――平沢栄一氏、山下芳男氏より』(『賃金と社会保障』1979年1月上旬号、No.761)で、高木郁朗・早川征一郎・永山利和さんたちの協力でつくりました。

 制作会社は、同映画株式会社
 所在地
 〒150-0002東京都渋谷区渋谷2丁目5番12号青山アジアマンション505号
 ☎03-5466-2311 Fax03-5466-2312
 info@kyodo-eiga.co.jp

 ▽追記:(2017.09.30):映画「ドレイ工場」とは、労働旬報社の原作「東京争議団物語」を、「にっぽん泥棒物語」の武田敦と、PR映画畑の小島義史、それに監督新人協会砧支部が協力してシナリオ化し、「座頭市牢破り」の山本薩夫が総監督となり、武田敦が監督した実話。撮影は劇映画初の義江道夫と、「証人の椅子」の上村竜一。この映画の製作費は資金カンパにより労働組合、民主団体、個人で構成されたドレイ工場製作上映委員会によって作られた。

▽同書の「はじめに」。


 
    (以下のページで全文が読めます)
  

 





   





   ▽2019.10.23
   




 ▽2013.01.19
 1960年代、高度成長期に都会(東京)に集積した若い労働者の「たたかう労働者のど根性」を描いて励ました『東京争議団物語』(1965年、市毛良昌・佐藤一晴ほか著、旬報社のHPで読める)は、労働者によく読まれた本だが、1970年代に向けて昭和二ケタ世代の「普通の労働者・サラリーマン・記者たち」が読売資本の意を受けた報知新聞経営者の、一方的な「ロックアウト」に抗して立ち上がったドキュメントが、このPDF版『良心の歴史をつくりたい』だ。  
 亡くなったドキュメント作家・今崎暁巳さんも参加して編集・出版された。  

 まだ労働者という言葉が、社会に訴える力があり、「アロハシャツを着て、スポーツカーみたいな車に乗って」全国の新聞労連傘下の労働組合や国労、全逓、県評などを回ったと語り継がれたたたかいだ。  

 企業別組合の底力が発揮されて解決していくわけだが、その後、『早く高く勝利を』(単行本)も出版し、報知印刷労働組合は第2組合を解散させた「力」をもって、企業内でもイニシャチブを一貫して発揮つづけてた。

 そして、官公労が中心だった総評運動に並行して千代田区労協などの「地域共闘」の育成でも、全国でも有数のレベルの労働組合になり、1970年代から80年代には、日本製紙、大映、日本フィル、浜田精機、細川活版などの大型争議解決の先鞭をつけ、ニチモウ・キグナス争議、そして沖電気争議などの東京争議団や東京地評などの東京総行動(スモン闘争支援など)を発展させた「拠点」となった。

 ▽同書の目次。

 
    (以下のページで全文が読めます)
  


   
▽2019.11.30
  『700人の記録 続良心の歴史をつくりたい』(報知新聞労組、報知印刷労組、大阪報知印刷労組編、労働旬報社、1971年) 
   




▽2019.11.30
『コブだらけの勝利』(全国一般神奈川地本油研分会、今崎 暁巳著、労働旬報社、1969年) 
   










1970年代~80年代へ、主な東京争議団運動関連の出版物
『争議組合物語 828日の日本製紙闘争』(日本製紙労働組合編、労働旬報社、1974年) 『早く高く勝利を 報知闘争の記録』(報知系三単組共闘会議 編集、労働旬報社、1976年)
『石流れ木の葉沈む日々――三菱樹脂・高野事件の記録(高野不当解雇撤回対策会議、労働旬報社、1977年)
 『ふたたび不死鳥は翔ぶ―経営再建・映画復興への挑戦』 (映演総連・大映労働組合編、労働旬報社、1979年2月)
 
『めしと団結 大阪生コン労働者の闘争』(今崎 暁巳著、労働旬報社、1970年) 『関西争議団物語』(労働旬報社編集部編、労働旬報社、1966年)(表紙をクリックすると、本文が読めます)
 『この人生に愛なくば いのちと自立のうた』(今崎 暁巳著、労働旬報社、1981年)  




ベストセラーどぶ川学級』
(須長茂夫著)の誕生――全金日本ロールの闘いの中で


『どぶ川学級』(須長茂夫著、労働旬報社、1969年) 『続 どぶ川学級』(須茂夫著、労働旬報社、1973年)
『どぶ川学級 完結編』(須茂夫著、労働旬報社、1975年)

 

◆映画「どぶ川学級」で日本全国へ

映画「どぶ川学級」、山本亘、地井武男、橘祐典 (監督、脚本)、1972年。「この作品のあらすじ・みどころ」へ。  映画「新どぶ川学級」、森次晃嗣、丘みつ子、吉永小百合、岡本孝二監督、日活、1976年。「この作品のあらすじ・みどころ」へ。 






感動を呼んだ、日本フィル闘争3部作!(今崎 暁巳著)と映画化


『友よ! 未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語』(今崎 暁巳著、労働旬報社、1975年) 『友よ! 未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語<続>』(今崎 暁巳著、労働旬報社、1977年)
『新世界へ 日本フィルの旅たち』(今崎 暁巳著、労働旬報社、1984年) 「映画 日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」(監督・神山征二郎、1981年9月)



   




 
「労働者の闘いの記録」     (産別会議記念・労働図書資料室)   
「地方争議団研究序説」――神奈川の事例を中心として (光岡博美、駒沢大学教授、駒沢大学経済学論集、第11巻第3・4号)
「ニチモウキグナス労資紛争史 1 :  70年代における企業合理化と労働組合運動」→23へ(山本興治 下関市立大学、下関市立大学論集、公開日 2010-03-03)           
「大映研究序説 ――映画臨戦体制と大映の創設」(井上雅夫、立教経済学研究第64巻第3号、2011年)           
 造船産業合理化から地場産業を守る闘い 元全日本造船機械労働組合中央本部書記長 大河内俊雄、静岡社会文化協会 
 

▽2023.9.30
『上を向いて歩こう』(小林雅之著、本の泉社、2008年7月)(PDF版) ――――東京争議団運動のDNAたっぷりの労働組合組織づくりを描く。
2018年5月 7日 (月):公務公共一般労組づくりと職種別労働組合運動の構築へ ――「ある編集者のブログ」に掲載。
個人別組合と企業別組合――企業社会を乗り越える労働運動の創設を ――第52回東京労働争議研究会:報告〔『労働法律旬報』、No.1541、2002年12月10日〕
「いつも現場で語りあえた人●小林雅之」 ――(追悼文集:『今崎暁巳さんと私』(A5判、132ページ、2011年6月4日)
品川地域を原点として――青春とロマン 私が歩んだ労働組合運動
(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、「私が歩んだ労働組合運動編集委員会編集・発行 目黒区鷹番3-1-1 石田ビル302目黒労協内、2017年11月1日)
◆写真で見る「全金カコストロボの争議」
「公共一般の組織と戦略構想はどのように準備されたか~都区一般創成期のオルグ聞き取り~」
(東京公務公共一般労働組合副委員長小林 雅之、季刊 Theorist」、編集・発行 東京公共一般労働組合、2018年3月1日)



  ▽14.02.27

小林雅之著――東京争議団運動のDNAたっぷりの労働組合組織づくりを描く――『上を向いて歩こう』(本の泉社、2008年7月)  (PDF版)(クリックして)



    東京労働争議研究会のこと

 1980代、東京争議団共闘会議運動をになった人びと――争議団当事者・卒業者、労働組合運動家、弁護士、フリーのジャーナリストなど――が、それぞれの争議の経過・背景資本分析・争議の社会的役割・争議団内部の団結・運動潮流を超えて争議支援を勝ちとる取り組み、勝利の要因の姿など、自発的に「東京労働争議研究会」(代表委員・清水明、市毛良昌、佐藤一晴、渡辺清次郎。小島成一弁護士他)をつくって研究していた。
 当時は、沖電気争議などがまだ、全国展開してたたかわれていたときだった。

     高知の地で争議団から学ぶ

 国鉄「1047人解雇撤回」闘争をになったある人は、別の角度から「争議運動から学ぶ」自分の声を、インターネット上にUPしている。東京争議団のたたかいが全国に及ぼした影響の波が伝わってくるので、以下を読んでほしい。
 「瀬戸の風、高知市の港南地域からも身近な政治と生活の話題を発信したい!2010年5月24日 (月)、国鉄闘争と争議団」
   

http://kokekokkou.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-d696.html


 「いくつもの全国争議団のメンバーとかかわってきた。沖電気争議団、日産厚木争議団、リーダースダイジェスト争議団、池貝鉄工争議団、東京電力争議団、武田薬品争議団、日立争議団連絡会など。四国では住友新居浜争議団、徳島船井・池田船井争議団などである。これらの争議団の特徴は、企業の中の労働組合が不当な権利侵害から労働者を守らない中で、裁判闘争を中心に争議をおこし、全国的に支援を広げていく闘い方である。
 印象に残るのは、日産と池貝のたたかい。年に2回全国的な支援要請のため、署名・カンパ・物品販売での生活支援を訴えながら、山場の全国統一行動で、全国一斉早朝宣伝に始まり、販売会社や背景銀行や資本の会社への要請行動をおこなうのである。日産自動車の販売店をまわったり、日本興行銀行の支店を要請訪問したことが記憶に残る。
 争議団の方とよく飲みながらお話も聞かせてもらった。すごいのは、この人たちの考えているスケールの大きさは、争議に勝つためには労働運動全体が社会に大きな影響を及ぼすまでやらなくては勝てないと本気で思っていることでした。一つの争議団が、企業外の労働組合を動かし、「日産デー」や「池貝デー」など全国的な統一行動が実施できるところまでやるということなのです。同時に、「早く争議を終わらして、普通の家族との暮らしがしたい」と人間的な面を見たことでした。」

 1980年代から90年代の争議解決の教訓をまとめた出版物のひとつが『労働争議――たたかって、生きる』(鴨川幸司、佐藤一晴、戸塚章介、松井繁明著、大月書店、1998年)だ。


   東京公務公共一般の組織化とその実践

 「東京労働争議研究会」は、10人近い人たちが運営委員会を弁護士事務所や全造船会館などで開き、毎月に近い例会報告を組織していた。編集子はその速記録を『労働法律旬報』に掲載するため、当番みたいな編集をになわされていた。その後、K編集長のもとで引き継がれ、2002年の研究会報告は52回を重ねている(いつまで掲載されているのか未取材)。


 その時代、一番不思議だったのは、争議解決から労働組合組織化へ発展したのは、音楽家ユニオン、電算労、コンピュータ・ユニオンなど少数の経験(職能労働組合・ユニオン)しか生まれてこなかった(それ自体貴重な成果だと思っているが)。
 若い時代だったので、「争議を起こさせない労働者の組織化をテーマにしないのか」と大先輩の労働組合運動家に聞いて回っていたが、応えてくれたのは佐藤一晴さんの「フランス風ニュアンス」での会話だけだった。
 フランス風から日本風の実践で生かされ、21世紀を前にした1990年代の東京に生まれたのが「東京公務公共一般労働組合」だ。
 この経過は「佐藤一晴さんのホームページがオープンされています」を参照。


 その担い手が『上を向いて歩こう』(本の泉社、2008年7月)を書いた小林雅之さん(1943年生まれ)だ。小林さんは全国金属品川のカコストロボ支部での争議を経験し(その当時の一端を『今崎暁巳さんと私』、今崎暁巳さんを偲ぶ会編、下町人間の会発行、2011年6月)、みずから「オルグとして就職し」、いまでは3000名を超える自治体職場の非正規職員を中心に作られている労働組合をつくりだし、そのご首都圏青年ユニオンなどを創設した。

 小林さんは本のあとがきで、以下のように書いている。

 この「東京公務公共一般」は、自治体職場の非正規職員を中心に作られている労働組合で、対象者の多くが不安定な一雇用関係におかれていることから、年中首切り反対闘争を余儀なくされている。しかし実に驚異的な水準だと思っているのだが、毎年のように、解雇されたり或いは解雇予告された労働者を、三、四百人近くも救出できるのであるから、これはいま時、相当な力量を備えた組合だと言って良いだろう。
だからこそ、わずか十数年でゼロから三千人の組織に成長を遂げてきたのである。それだけに、この組合の歴史には実に多くの教訓が積み上げられてきた。そして、これは現在進行形であるが、この労働者たちの中で、葛藤や悲憤にまみれた沢山のヒューマンドラマが繰り広げられてきたことを忘れてはならないだろう。
 この組合を創立するときからのオルグであった私は、そうした思いを込めながら、このエッセイを書こうと思ったわけであった。
 
 本書の中身は、都内各地で取り組んだ「産前産後闘争」「理事長追放」「オイラの仕事場放置自転車」など、小さな実践――東京都内で進展する公務員職場における非正規労働者の日常的姿から、組織化を描いている稀有な書である。
 その実践は、日本各地に広がる公務職場発の「ワーキングプア」をのりこえる人間たちのたたかい・仲間の発見など、民間職場に広がる「格差社会」をのりこえるヒントがある。
 だから「3000人を超える労働者の団結体」を、作り出したのだ。


    東京争議団運動のDNA

 本書のあんこは「東京争議団運動のDNAだ」。本書の中のあちこちに発見できる――「わが母の教え給いし歌」に描く、「四十五年の歴史を持つ東京争議団は、勝利するために強化すべき『四つの基本』(争議団の団結、職場からの闘い、産別・地域の共闘、裁判闘争)を定式化し、勝利に必要な『三つの必要条件』(具体的要求、情勢、闘う相手)を明確にすることを解き明かした――。

 また『東京争議団物語』で描かれた、争議団共闘会議発足の状況を書いた「フレンチ・パラドクス」でも引用している――あのとき、非常勤警備員の組合結成の場にいた私は、ふと東京争議団が結成された当時の話を思い出していた。
 “「倒産した新宿自動車教習所の狭い畳部屋。ぼんやり光を放つ裸電球の下で、数人の労働者たちが、争議団共闘会議の結成をひっそりと宣言したのである。総評や産別組織の誰にも知られないように、密かに『非正規部隊』東京争議団は生まれた」
 悲壮な彼らの決意は見事に結実する。七〇年代に入ってからの労働運動は、いわゆる「総行動方式」をうみ出し、独占企業や官庁を社会的に包囲しながら攻略していくという、戦後の労働運動の一大画期をなす高揚期を切り開いていった。その先導部隊に何時もいたのが争議団であった。こうして争議運動は「非正規」という一部分から労働運動全体の存在となったのだ。”

 
 別のところでは「敵に塩を送った男」・山田晃一さん(報知印刷労組)の話。これは知る人ぞ知る人間の生きた姿の一断面にすぎないが。

 本書は1960年代からの『闘う労働者のど根性』『東京争議団物語』『正路喜社闘争』『東京争議団の15年』、そして数多く発行された「各争議団の物語」、その王道をひきつぐ「物語」であることは明白だ。
 未来的には「日本一般労働組合運動のベース」になるのではないか。




「いつも現場で語りあえた人●小林雅之」―(追悼文集:『今崎暁巳さんと私』(A5判、132ページ、2011年6月4日)
  
  



個人別組合と企業別組合――企業社会を乗り越える労働運動の創設を
(PDF版)

第52回東京労働争議研究会:報告〔小林雅之、『労働法律旬報』、No.1541、2002年12月10日〕

    


一 労働運動再生の糸口
  労働市場の変換に敏感であれ
  非正規労働者層の特質
  個人別労組への組織化
二 戦後日本の労働運動と企業別組合
 1 なぜ企業別組合からスタートしたのか
  非合法下での幹部養成の遅れ
  労働力売買における産別的機能の欠如
  統一的ナショナルセンターの不在
  労働力市場の前近代性
 2 産別組織は企業内組合の連合体になっていないか
  欧米にみる産業別組織の歴史と現状
  日本独占資本の復権と企業内組合への傾斜
  春闘―その陰と陽の歴史
 3 企業社会を支えてきた企業内労働組合
  生産性向上運動と春闘
  「国民春闘路線」の意義について
 4 「新時代の『日本的経営』」と企業内従業員組合
  企業は労組との信頼関係を維持できるか
  労組は労働者への求心力を維持できるか
 5 「均等待遇」と企業内従業員組合
  年功賃金に安住する
  非正規雇用に対する資本の戦略
  公務員組合・教員組合での変化
三 個人加盟組合の歴史と現在
 1 中小企業対策オルグ
  破竹の組織拡大
  中小企業労働者の戦闘性
 2 個人加盟方式の継承と個人加盟労組の現在
  各労組の活動内容
  組織拡大の要としての資金とオルグ
 3 新たな組織化に時代を迎えて
  労働相談をきっかけにした組織化
  組織化の難しさはどこからくるのか
 4 地域合同労組が抱える問題
  理想の高さが裏目に
  基本方向は産業別・職能別結集
 5 一企業・複数団結体の意義
  非正規労働者の増大と企業内組合の命運
  企業組織の変貌のもとでの一企業・一労組主義の限界
  ヨーロッパとの違い
 6 個人別組合が優位性を発揮するために必要なこと
  あくまでも産業別・職能別の結集体であること
  指導・方針に単一性を持たせること
  たたかいの砦は企業の外に築くこと
四 組織化の実践から
 1 公務公共一般労組の実践報告
  組織の概要について
  組織の運営について
  ネックレス現象
  異分野の集積体
 2 公務員労働運動の現状
  組織化の背景にあるもの
  自治体におけるリストラの実態
 3 パート職員の解雇撤回
  わずか4時間の決着
  「公務公共一般方式」の拡大
 4 ホームヘルパーの組織化―東京福祉介護労組の立ち上げ
 5 フリーターの組織化―首都圏青年ユニオンの実践
  彼らは本当にフリーターで満足しているのか
  実態は「士農工商犬猫フリーター」
 6 大学非常勤講師の組織化―首都圏大学非常勤講師組合の実践
  専任講師との驚くべき賃金格差
  全国規模のネットワーク化
 7 失業者の就職支援・仕事おこし―失業者ネットの実践
 8 移住労働者の人権保護と組織化―移住労働者ユニオンの実践
さいごに――21世紀ユニオニズムの役割
 これからの多数者にふさわしい労働組合を
 企業主義からの脱皮をめざして






 

2018年5月 7日 (月):公務公共一般労組づくりと職種別労働組合運動の構築へ――「ある編集者のブログ」に掲載。

以前、本ブログで以下のような紹介文を書いてきた。

 ▽14/02/27、小林雅之著――東京争議団運動のDNAたっぷりの労働組合組織づくりを描く――『上を向いて歩こう』(本の泉社、20087月)

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-a6ac.html

 

 「現代労働組合研究会のページ――東京労働争議研究会のことなど」 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-3.htm#kobayashi

 

その小林さんから、『私が歩んだ労働組合運動――品川・目黒の活動家の聞き取り報告 第三集』(同編集委員会刊行、目黒労協内[目黒区鷹番311 石田ビル302]、2017111日発行)と『季刊 セオリスト』(2018年春号、010号、編集・発行 東京公務公共一般労働組合、201841日、〒1700005、東京都豊島区南大塚23310、500円)を寄贈された。

 さっそく読んでみたが、前者は「青春とロマンの時代 品川地域運動を原点として」、編者まえがきでは“今回は、東京公務公共一般労組の現役役員の小林雅之さんの聞き取りと、市川平八さんを中心に地区労での活動の「まとめ」を作成しました。小林氏は、本文にもあるように品川の金属の職場でさまざまな経験を積み、東京争議団共闘の事務局長、都の非正規社員を組織する活動を進めています“と書かれている。

 

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 小林さんは、1960年代半ば以降の高度成長期に多数の労働組合活動家が登場した「黄金期」の一員で、カコストロボの「従業員組合」を変え、「女性工員が果敢にたたかった姿」を語り、品川労協の地域労働組合運動の影響を受け(発刊の意図)、日立資本の系列支配攻撃(乗っ取り)とたたかい、全国金属へも加盟し、「企業再建闘争」をたたかった。

 この争議のなかで「東京争議団」運動の一員として、「ド根性路線から脱却して運動路線をつくり、自らの争議解決をめざし東京総行動方式の一員として」事務局長を担った。

 後者の『季刊 セオリスト』は、“『私が歩んだ労働組合運動』編集委員会は、東京品川・目黒地域の(元)活動家への聞き取りをこれまで6人について行ない、報告集として3回発行されています。そのなかで公共一般現副委員長で公共一般創立以来のオルグでもある小林雅之氏に聞きとりした第三集(2017111発行)から、公共一般創立に関わるお話について、今回セオリストに転載することになりました。その後セオリスト編集部から追補的な聞き取りもして、加筆修正しました。”と。

 

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 ほぼ、『私が歩んだ労働組合運動』の後半で展開されている流れ通りなのだが、最初に持ってきている話は、「協同組合か労働組合か」と中西五洲さんから「一緒にやらんか」と勧誘された葛藤が出ている。「ちょっと身近すぎて、そうだったのか」と編集子も思わざる得ない事実が描かれている。

 「インタビュー 公共一般の組織と戦略構想はどのように準備されたのか――『季刊 セオリスト』」では、「ご本人が徹底した妨害に遭った」こと(労戦がらみの困った話)や公務員組合にはオルグという姿がいなかったこと、そして、自治体関連労組協議会の結成、都区一般(現・公共一般)の組織化、独立してまたたくまに2,000人の組織へ。

 組織の神髄は、「徹底的な単一・個人加盟」とし、「独立組織」を志向し、「公務職場だけでなく民間職場まで」視野にいれた組織づくりをたたかい取ってきて、「公務公共一般」という組織になったこと。

 今後の課題として、「職種別で市場横断的な組織を構築中」としている以下の点(少し長い)が、重要なポンインとではないか。 

 ■職種別にも最低賃金闘争を追求中

 いま保育ユニオンは500人いますが、公立園、民間園どこで働いても最低時給2000円で働かせろと要求し、エキタスと一緒に毎年数回デモを実施し、自治体に向けて学校栄養士たちと一緒にストライキも打って闘っています。

現場の非正規保育士は、全都自治体当局と保育労働者に向けて膨大なアンケートをとり、最低時給2,000円の理論構築をしてきました。既に時給1,500円を越えた保育士がどんどん増えている状況下での闘いです。

 昨年2,000円突破目指してストを打った板橋区の学校非常勤栄養士は時給1,500円を突破しました。

 200以上ある分会には、保育士分会、栄養士分会、図書館司書分会、非常勤講師分会など、そもそも職種別にくくられた組織が多数存在しています。これを雇い主が知事や区長、市長だからということで行政縦割りにくくっていたのですが、ここには企業内運動の限界がみえている。非常勤職員という一くくりで当局は賃金を決めてしまうが、本来は職種・職能別に賃金を引き上げていかないとだめだと考えてきました。

 そこで職種職能別に全都を横断的に組織編成していく取り組みをしてきました。すでに6つの職種別ユニオンがあり、2,200人がいます。これからの賃金闘争にこの職種別闘争が、ナショナルセンターそして産別闘争においても決定的な変革をもたらすだろうと展望しての、取り組みが始まっています。


 さらに注目されている点は「青年ユニオン」が果たす役割、「労働協約の拡張適用をめざす」こと、「NPOづくりと労働者供給事業」、「地域活動の重視」を打ち出している。

 編集子が、1978年の沖電気の大量指名解雇争議、1980年代初頭の雪印食品争議などのインフォーマル組織とのたたかい、日本航空などの民間第一組合の争議を見てきたものとして、「労働組合運動における組織化」をめざす話は、禁句だった、と思う。

 70年代の争議を終えた「日本製紙」争議団のメンバーが、「労働問題研究所」を名乗り組織化をめざしたが、進路・成長への道筋は不可能な状況だった。

 そのなかで、3000名を超える組織化を進めた、小林さんと「都職労統一派」(小林さんの命名)のご苦労は、全国の青年・女性たちが学ぶ点が多いと思う。

 

 ▽追記1:一緒に送られてきた『季刊 セオリスト』(009号、2018年冬季号、201811日号では、「木下武男、業種別職種別ユニオンの展望――日本労働運動の再生構想」を取り上げている。

 「業種別職種別ユニオン運動」研究会のページ参照。

 http://www.gyousyubetu-syokusyubetu-union.com/

 

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 ▽追記2:研究者の東洋志さんが書かれている論文も参照してほしい。

 http://e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/sorezorenoroudou-3.htm#azuma-2

 ●20170305日:公共一般から何を学ぶか――個人加盟ユニオンの到達と可能性、東洋志、「季刊 Theorist」、東京公務公共一般労働組合、2017年冬季号、05号 (PDF版) 

 ●20160806日:産業別個人加盟ユニオンの到達点と課題――自治労連の実践から、東洋志、特集●労働運動の再生と産業別組織の課題、「労働総研クォータリー」、2015年夏号(20157月発行)(PDF版)

 

 ▽追記3:[20161224日 (土)]

 「首都東京における地域労働組合運動:新宿区労連と全労連・新宿一般労組の組織、運動」を紹介する。

 http://okina1.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-25ac.html

 
2023.11.05




       (全文、小林稿がPDFで読めます)


写真で見る「全金カコストロボの争議」





2023.11.05



公共一般の組織と戦略構想はどのように
準備されたか  
      
東京公務公共一般労働組合副委員長 小林 雅之

 1 都区一般の運動に関わる前に
  協同組合か労働組合か
 2 都区一般の運動を始める経過
  自治体職場の状況
 3 大げさな面接だったようですね
 4 事務書記がいましたが、なぜ専従オルグが必要だったのか
  徹底した妨害にも遭って
  まずは自治体関連労組協議会を結成
  都区一般(現・公共一般)組織化
  都職労より独立してから
  瞬く間に、2,000人

 5 都区一般取り組みの基本はどう考えていましたか
  組織の構想論議
  その都区一般組織の個人加盟のことをもう少し聞きたいのですが、かつて個人加盟問題ってよく議論した記憶があるんだけども、当時は各個人加盟組合が解散させられ、大会で否決された全商業や総評加盟の全金、全国一般などが残っただけで、組織化の運動を大きく遅らせた。都区一般の場合には、批判や抵抗はなかったんですか?  徹底的な単一・個人加盟を
  安くない組合費と独立組織への志向
  公務職場から民間職場までを視野に
  新自由主義への戦略的対抗軸に
  公務公共一般への発展的に変更
 6 公共一般の対象としている労働者とその現状、運動の発展方向は?
  職種別で市場横断的な組織を構築中
  職種別にも最低賃金闘争を追求中
 7 自治労と自治労連の取り組みって、ある? 
 8 労働戦線問題についてはどう考えますか?
 9 労働戦線統一論争は、古くて長い歴史がありますね
  春闘連敗と労戦統一論争で深められなかったこと
 10 これからの取り組みの内容は?
 11 青年ユニオンの組織も、そうして職種別の構想がありますか?
 12 賃金相場を形成するには、交渉相手との問題があると思うのですが。
 13 70、80年代の春闘で全金芝浦ブロックの呼びかけで品川と目黒ですすめた地域の各経営者団体に対する交渉実現を働きかけましたが、「労使問係に関することはやっていない」などの逃げ口上で実現できませんでしたが。
  労働協約の拡張適用
 14 この運動を進めるうえで参考にしいているのは 
 15 公共一般がNPO法人を設立した背景は?
  労働者供給事業、そしてNPO
 16 さいごに、いま振り返って思うことは
  地域活動の重視
  新しい運動が加わる継承を 
 (目次の数字は、本原稿には入っていません) 
 




       (全文、小林稿がPDFで読めます)







果敢に挑戦した「大企業の労働問題・労使関係」


   
『三菱帝国の神話』 (今崎暁巳著、1977年) 『松下王国の神話』(橋本・中山著、1978年)
『ドキュメント東京電力  その栄光と影』(山本忠利, 渡辺利夫, 正木浩三、労働旬報社, 1980年7月)
   
『ドキュメント 日本航空』(今崎暁巳著、1982年9月)
2019年3月23日 (土):
日本航空で「勇気をもって闘った」――小倉寛太郎さんに続いた人物(土井清著)
『関西電力の誤算 上』 (大谷昭宏事務所関電争議取材班、労働旬報社, 2002年7月)
『関西電力の誤算 下』 (大谷昭宏事務所関電争議取材班、労働旬報社, 2002年7月)






まともな労働組合運動への共鳴!


   
『なにをみつめて翔ぶのか』
(今崎暁巳著、労働旬報社、1980年3月)
「沖電気争議の記録 次世代に伝えておきたいこの闘い(1978年~1987年)」(沖電気の職場を明るくする会)
『青い鳥はどこへ―日産厚木除名・解雇事件』 (青木慧 著、1980年12月)
2012年9月29日 (土):青木慧さんの『ニッポン丸はどこへ行く』――インフォーマル組織物語Ⅵ
『雪とふきのとう : 雪印の陰謀を追って』(門倉詇 著、1981年11月)
2012年9月19日 (水):会社を破壊した雪印食品DEC――インフォーマル組織物語Ⅳ
   
『ドキュメント 日本航空』(今崎暁巳著、1982年9月)
2019年3月23日 (土):日本航空で「勇気をもって闘った」――小倉寛太郎さんに続いた人物(土井清著)
『自立する労働運動―知られざるインフォーマル組織』(吉村 宗夫著、 1983年4月)
『労働組合をつくりかえる』(黒川俊雄、木下武男、高橋祐吉、永山利和、五十嵐仁共著、 1988年4月)
   
『自己革新の旅 : こころの時代の労働組合』(深井建二・西日本新聞労組委員長著、労働旬報社、1985年3月) 『労働組合のロマン――苦悩する労働組合運動からのレポート』(中西五洲著、労働旬報社、1986年2月) 『中西五洲さんの思い出――主な論文・エッセイ抄』(現代労働組合研究会編、 ▽2015.02.24)
   
 「関西生コン労働組合運動の歴史と到達点――業種別支部型労働組合運動が切り開いたもの 」(新しい労働組合運動の模索―2―他人の痛みはわが痛み)、武 建一、「賃金と社会保障」 847号、 1982年08月。
「関西生コンの研究」(業種別職種別ユニオン運動研究会のHP)
『私の選択 あなたの未来 プロレタリアートへのメッセージ』 (寿岳章子、小林康二ほか編、全大阪金属産業労働組合20周年記念、労働旬報社、 1987年11月)
『企業社会の扉をひらけ ドキュメント 沖電気争議』(中山森夫・矢吹紀人著、労働旬報社、本文イラスト 八島崇好、本文写真 藤田庄市)
     
『協働の未来に光あれ! パラマウント製靴の歩みと労働者生産協同組合へ』(石井光幸・パラマウント製靴共働社、シーアンドシー出版刊、1995年8月、B5判並製、400頁) 『皆でたたかった50年――全日自労三重県本部の歴史』(全日自労三重県本部・協同総合研究所編、シーアンドシー出版、1996年)
「『皆でたたかった50年―全日 自労三重県本部の歴史』の刊行に当たって」(手島繁一、協同の発見、1996年6月、51号)
『会社がなくなるとき―雪印食品の企業破壊を許さず』(吉村宗夫著、シーアンドシー出版、– 2002年8月)

 『労働組合をつくりかえる』/【目次】
プロローグ あなたにとっての労働組合をどうする(労働組合を内面からつくりかえる/「産業空洞化」時代をどう読む)/これからの日本と労働組合(「連合」結成-なぜ?/21世紀戦略をめぐる“混沌”/「生活小国」における“賃上げ”の再浮上/一生=一企業時代の終えん?/ME化の進展で職場はどうなる/円高下の中小企業はどうなる/「人生80年時代」の課題は何か 60歳定年制の「空洞化」/高まる社会保障への関心/働きすぎをやめて“ゆとり”と文化をわが手に/減りつづける組合組織率-どうする)/ウォッチング労働界と政治(政治とのかかわりが深い「連合」/どうなる自民党との関係/社・公・民はどうなる/政治参加のバランスシートを読む)/労働組合をつくりかえる(民間大企業組合の現実は/「連合」は企業社会の風に乗って/「総決算=日本の労働組合」/《いかない、いけない大集合》はできるか/新しいユニオン像を求めて/地域づくりの担い手として/こんなナショナル・センターがあったら/企業社会と決別する普通の人びと/豊かでゆとりある生活向上は)/労働者=人間の顔をした労働組合づくり(労働組合のアイデンティティとは何か/人間らしい労働への挑戦/男たちの生き方が問われている/運動の自己改革の緊急性/みずからの生きかたを模索できる労働組合/労働者=人間の顔をした労働組合へ)





「東京争議団物語」、そしてその後‼ のページ

◆「東京争議団共闘の十五年」――1970年代の東京争議団運動を激励した論文

 



1960年代から始まった東京争議団――「闘う労働者のど根性」

 
 
 
 
 

  
 
  

 

 

1970年代向かって、新たな青年たちの闘い

 

 

◆ベストセラー『どぶ川学級』(須永茂夫著)の誕生――全金日本ロールの闘いの中で
 

 

 

 

◆感動を呼んだ、『友よ! 未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語』と映画化。
  

  

  



◆争議団運動めぐる図書と研究者・運動家の発信



現代労働組合研究会のHP
  
  労働組合・ユニオンの動向
  それぞれの労働運動史・論 1
  それぞれの労働運動史・論 3
  それぞれの労働運動史・論 4
  労働組合・労働問題の本
  ユニオンショップを超える
  連合を担う人たち
  全労連を担う人たち
  
全労協をになうひとたち
  インフォーマル組織の過去・未来




「東京争議団物語」、そしてその後‼

編集人:飯島信吾
ブログ:ある編集者のブログ
企画インターネット事業団
制作: インターネット事業団(本メールにご連絡ください)

UP 2019年12月01日 
更新 2019年12月03日
更新 2020年07月07日